東大 天文学教育研究センター長 吉井譲氏の体験
 2006.02.20
吉井譲著 集英社新書 「論争する宇宙」で、吉井氏は、ハワイのマウイ島に自前の望遠鏡(マグナム望遠鏡)を建設した体験を語っています。科学研究という「最高の道楽」(米本昌平氏)をどのように実践していくかについて、たいへん示唆に富む内容なのでご紹介しましょう。


・・・・・・・・今でこそ笑い話になりますが、そのときは私も事務方も必死だったのです。事務方から背中を押されて、私が企業回りを始めたのは1996年の夏でした。そのためにヨレヨレではない背広も新調しました。必要なお金は、望遠鏡の運用費として年間3000万円、それが3年間として約1億円です。

企業回り

寄付金集めに企業回りを始めたといっても、私に経済界のコネはありません。とりあえず「会社四季報」などで調べて企業に電話をかけることから始めました。これと思われる会社に電話して、寄付金担当の窓口と話をする。電話口で簡単に断られることもずいぶんありましたが、会ってくれるということにでもなればどこへでも出かけて行って、趣旨を説明しました。

しかし、「天文学」というと大体は、天文学とわが社とどこに接点があるのかという困惑した表情になる。もっともな話で、普通、寄付金というのは研究者が開発した技術やアイディアなりが、なんらかのかたちで企業にメリットをもたらすという前提で成り立つ。いわばギブ・アンド・テイクの関係でお互いに利益があると考えるからこそ、企業は寄付をするわけで、そういう観点からいったら、天文学ほど企業活動と縁の薄い学問はなく、見返りなど期待できそうにありません。望遠鏡を作るので寄付金がほしいと言われてどう対応したらいいのか、困惑するのも無理ありません。

折しもバブル崩壊後のことで、実際、こんなことを言われたこともありました。
この不況で、会社は何十、何百人ものリストラをしなければならない。勤続何十年という人に涙をのんで辞めてもらわなければならない。その中には先生より年輩の社員も数多くいる。そこまでして会社の生き残りをかけているときに、たとえ10万円でも見返りのない寄付をするわけにはいかない。それでは辞めていかざるを得ない社員に申し訳が立たない、と。

そんなときは帰りの足がひどく重く、当然気持ちも滅入ってくるのですが、しかし私も必死でした。ここで諦めてしまったら、これまでの計画がすべて水泡に帰する。そうなると私だけの責任で片づけばいいが、「初期宇宙研究センター」のメンバーをはじめ、大学の事務方やハワイ大学の関係者など多くの人に多大な迷惑をかけることになる。頑張って一社でも多く回らなければならない。(中略)
ともすると萎えがちになる気分を奮い立たせながら、来る日も来る日も企業から企業へ足を運び続けました。

企業人に天文学を語る

最終的に私が回った企業は、銀行、造船、製造、食品、不動産など100社を超えています。東京、大阪などの大都市だけでなく地方の中小都市にも出かけました。それも2回、3回と訪ねたところもありました。コツコツと回っているうちに寄付をしてもいいという企業が少しずつ出てきました。寄付金の額は10万円から数十万円ぐらいのところがほとんどでしたが、私にとっては干天の慈雨のごとくありがたいものでした。

私がそこまで挫けずにやれたのは、比較的早い時期に訪ねたある有力企業の社長が、たまたま天文学の好きな方で、基礎科学についての理解も深く、好意的に協力を約束してくれたことが大きかったといえます。これは私の精神的な励みになっただけでなく、他の企業を訪ねたときに、「あの会社が出しているなら、当社も多少お付き合いしましょう」と言ってくれた企業が少なからずあったことです。

大企業になると、大小さまざまな寄付金の申し込みが年間500から1000件にもおよび、天文学関係も何件かあるそうです。そうした申し込みを企業は一定の基準にかけて選別するということですが、とくに重視しているのは、当然のことながら提供したお金が目的のためにきちんと使われているかどうかにあるといいます。
ある企業の担当者によると、基礎科学分野からの寄付金の要請も多く、自分たちもその重要性は認識しているつもりだ。しかし、どの基礎科学の分野に寄付金を出したらいいかというのは、内容的な難しさもあって判断がつけにくい。先生のように直接来社されて、具体的に説明された方は初めてで、おかげでよく理解できたと、そう言われたこともありました。

こうした経験の中から、私は、たとえ断られたといっても落ち込むことはないと考えるようになりました。第一線の企業人に天文学の話をする機会などめったにないのだから、天文学の話を聞いてもらったと思えばいいではないか。私の説明を聞いた担当者の方が家に帰り、たまたまテレビで宇宙の番組を目にした。それまではさして関心もなかったのだが、昼間会った私の話を思い出して、「宇宙の果てというのはどうなっているか」と子供に聞かせてやる。考えてみれば、それは素晴らしいことではないか。天文学のファンを社会に広げる。一人でも多くの人に宇宙のことを知ってもらう。そう考えると楽しくなった。急がば回れだ。そんなふうにプラス思考に気持ちを切り替えていったのでした。
こうした私自身の意識の変化も、この経験なくしては起こり得なかったことです。多くの企業人と話をする機会に恵まれたおかげで、天文学が何を探求している学問なのかということを、多少とも知っていただけたのではないかと思うのです。

最終的に協力していただいた企業は、10万円から3年間にわたって毎年数百万円を頂戴したところまで、全部で76社にもなりました。

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