科学技術文明研究所長 米本昌平氏の提言   2006.02.20
科学技術文明研究所を主宰する米本昌平氏は、2005年12月4日に毎日新聞のコラム「時代の風」で以下のような見解を提示しています。私も大いに同感なのでご紹介しましょう。



毎日新聞2005年12月4日
シリーズ 時代の風  米本昌平  科学技術文明研究所長

商品としての研究   「最高の道楽」一般開放へ

まもなく団塊世代が定年をむかえる。これに前後してゆっくり水位が上がるように、「研究」」というものを一般の人間に開放すべきだ、という要求がふつふつと沸き起こってくる。私はそうにらんでいる。
40年前の大学紛争の折、こころの奥底に点火された未成熟な叫びが、いまや実現可能な穏やかな要求として、時代の本流に姿を現すことになる。切実に調べたい課題を自らの手で探求すること、それは自然な人間的欲求であり、むしろ正当な権利として認め、社会が支援するのを求めるようになるだろう。

憲法第23条「学問の自由はこれを保障する」という一文が記された60年前、その前提には、学問研究は大学などの職業研究者によってなされるもの、という暗黙の了解があった。戦前の滝川事件やナチスによるユダヤ人学者排斥など、苦い体験があったからである。
だが歴史を振り返ってみると、研究という行為が職業化したのはそれほど古いことではない。職業研究者は、19世紀中葉の欧州で出現し、現在の大学の形は、近代国家の形成過程で生まれてきたものである。

西欧近代の歴史は、それまで貴族が独占していた贅沢を消費財として鋳直し、大衆に開放する過程でもあった。スポーツ、観光旅行、観劇、ドライブ、高等教育などがそれである。その中で、貴族の趣味として行われてきた科学研究は、そのけた外れの有用性ゆえに国家によって大学へと集約され、研究の専業化が進んだ。こうして大学は20世紀に最盛期を迎えるのだが、同じ形態が永続するはずがない。21世紀に大学は、ロースクールなどの専門学校と、カルチャーセンターと、研究機関の3つに分化してゆくだろう。そそてもうひとつ、ここに、一般の人間が研究を行おうとするのを支援する、サービス業務の部門がつけ加わることになる。

貴族の道楽として行われた科学研究の中で、度外れた成功例はイギリスのキャベンディッシュ卿の場合である。彼は生涯独身のまま、自分の部屋にこもって電気理論の研究や水素の発見を行った。人づきあいが苦手で研究成果はほとんど発表せず、そのノートを整理して業績を世に出したのは、物理学者のマクスウェルであった。同じ19世紀には、ダーウィンやファーブルという独学の大研究者が出ている。
余暇と資金を、自ら選び取った課題に投入して才能を開花させる生き方は、駘蕩たる江戸時代において全面的に展開された。伊能忠敬は隠居の身になってから、全国測量という大事業を成し遂げる。江戸時代には「連」と呼ばれる、身分を越えた同好同志の横のつながりによって、連歌、俳句、浮世絵、蘭学など、日本文化の粋が育まれた。

団塊の世代は、あのとき感じた素朴な疑問を、いま口にすべきであろう。大学教授というだけでなぜ、個人的な好奇心を全開し、税金によって研究に専念する特権が与えられているのか、と。独立法人化して以降の大学改革の議論は、大学関係者と関係省庁という、直接の利害関係者の間での綱引きであり、社会の側の要望を織り込むチャンネルは見当たらない。

21世紀の知的センターに求められるのは、人生最高の道楽である研究そのものを商品化し、一般に向けて供給する機能である。われわれは、非常に安い海外旅行パックを知っている。しかしこれを個人で行おうとすれば、外国語を習い、大量の情報を集め、煩雑な手続きをとらなくてはならない。今では、普通の体力と気力さえあればエベレスト山頂でさえツアーで連れて行ってくれる。それどころか旅行代理店のホームページを開けば、海外旅行と並んで宇宙旅行のパックまで販売している。9日間で1人22億円である。

株式を公募するときの目論見書のように、詳細が書き込まれた研究計画書が公開され、総経費が数口に分割されて売りに出される状態を、想像すればよい。われわれは、さまざまな研究計画書の中から、テーマと能力と資金と時間を考えて選べばよい。条件を示して注文し、共同購入する手もある。1口数千万円になっても、、一流学術誌に論文が投稿できるほど質の高いものなら、買い手は現れる。運がよければ「ネイチャー」」に自分の名が刻み込まれるかもしれないのだ。世俗の人間にとって夢のまた夢だったことである。むろん人には得手不得手があるから、研究への関わり方は千差万別になる。映画製作に倣って、研究報告書に寄与のし方に応じて名前が印刷される、プロジェクト方式を採用するのもよいだろう。

このような時代に、職業研究者は研究に関するインストラクターとして、また大学は研究計画書の品ぞろえをし販売する「研究代理店」であり、かつ研究に必要なインフラをレンタルするサービス産業として生き残ることになる。
良質な自己実現という欲望を開放し、研究という満足感を売る経済回路を作ってしまうと、普通の人が選ぶテーマは、環境、教育、食糧、健康、文化、郷土史、近隣諸国関係などに集まる可能性がある。
将来、その成果を政策立案の観点から編集すれば、その基礎資料として、また政策評価の際に活用できる公共財が出現する。こうして日本は、薫り高い21世紀型情報社会に、世界に先んじて滑り込んでゆくのである。



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