脱原発に右も左もない


2011.09.24


脱原発に、右も左もありません。

ふつうの人の心を持っていれば、原発はやめよう、と思うのが当然です。

福島の惨状を見ながらなお、まだ原発を推進すると言っている者は、原発から直接金銭的な利益を受けている者と、一部の核武装論者(狂信者)だけです。

自民党の石破政調会長は核武装の可能性を残すために原発を維持しろと言っています。
(石破氏の子女は東電に就職しているそうです)
敦賀市などの地元首長は政府に、原発がないと町が困る、やってくれと嘆願しています。
経団連や同友会は原発をやめると利潤が減るので、原発をやれと言っています。
原発をやらなければ、企業は日本から出て行くぞと言っています。
原発のメーカーや工事業者や電力会社も、利益が減るから困ると言っています。

しかしそれらは全国民のごく一部です。
それ以外のまっとう人々は、まっとうな心のあらわれとして、「脱原発」を主張しています。

前項で山本義隆さんの発言を紹介しました。
現在の氏の政治的な主張は知りませんが、全共闘は左翼と言われていました。

今回は、右翼の人たちの脱原発デモを紹介します。
9月3日に横浜で行われたものです。150人ほど集まったそうです。





福島の子供たちを救い出し、麗しき山河を守れ!  

横断幕にはこう書かれています。

横断幕を持つ人々の、向かって右端は、右翼団体「一水会」顧問の鈴木邦男さんです。
中央の女性はタレントの藤波こころさんです。

デモは9月18日にも船橋市で行われました。
下の画像は、そのデモを呼びかけるビラです。




私は1991年に、関電の美浜の事故のあとで、


右翼の宣伝カーが日の丸を立てて「すめろぎの国を放射能で汚すな」と叫ぶという風景は今のところちょっと想像しにくいのですが、反対運動の基本的スタンスとしてはそういうことがあってもいい
http://www.minusionwater.com/osakagenpatu.htm


と書いています。

脱原発あるいは反原発の運動とはもともとそうあるべきもので、国を愛し、郷土を愛し、子供たちを守り、麗しい山河を守ろうとする者が先頭に立って行うべきものなのです。
(今回の右翼のデモは、主催者が、街宣車も戦闘服も禁止したそうです)


脱原発に右も左もありません。

これまで、原発に反対する運動が左翼に見えがちだったのは、もちろん現実に社会党や共産党や左翼の人々が原発に反対だったということがありますが、本質的には原発に反対することは体制に反対することであり、体制側が冷戦構造において親米右翼であったために、反体制は左翼に見えてしまうという構図でした。
ですから逆に、たとえばソビエトや中国で反原発の運動をすれば、体制が左翼ですから、右翼に見られます。そういう相対的なものです。

資本主義に反対するのは左翼(共産主義)ですが、原発に反対するのは資本主義に反対しているわけではありません。政治的に右とか左とかいうことはありません。脱原発は政治的な主張ではなく、私たちの「
生存権」の主張であり、「生き方」の選択なのです。

国民はもう、ほとほと原発がイヤなのです。
原発があっては安心して暮らせないのです。
核の廃棄物を子孫に残すような犯罪はこれ以上したくないのです。
核武装なんてとんでもないのです。

今回の右翼の脱原発デモによって、脱原発はイデオロギー色を払拭し、全国民の声になりました。
いまなお原発を推進しようとする者は、ごくごく僅かな「原発利権派」だけです。


生命の輪廻転生を断ち切る核のエネルギーは、この世のものではない・・・・

これが原発問題の本質です。人々はそのことに気づき始めました。




私たちが確固として脱原発を主張し続ければ、原発は止まります。
実質的なキー・パースンは立地都道府県の知事です。
原発を知事選の争点にして、原発推進の知事を落選させることで原発はすべて止まります。
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