東京地裁の裁判 被告準備書面 2008.10.16
9月10日の裁判で提出した我々の準備書面を公開する。
同書面において、我々は、天羽氏の名誉毀損の訴えに対して全面的に反論した。
そのうちの、天羽氏が裁判所に提出した書類の中に、「事実と違う」ことが記載されていたことについて、天羽氏がどのように反応してくるかを待っていたところ、10月15日の裁判で天羽氏は次のように述べて、「事実と違う」記述をしたことを認めた。
上記以外の部分は、これまでの天羽氏のやり方だと、彼女が公開すると思われるのでそれに任せる。
天羽氏からの第1準備書面の一部
引用おわり
以下、当方の主張を公開する。
平成20年(ワ)第5号 損害賠償請求事件
原 告 天 羽 優 子
被 告 吉 岡 英 介 外2名
準 備 書 面
平成20年9月9日
東京地方裁判所 民事第44部合C係 御 中
被 告 本 人 吉 岡 英 介
被告ら訴訟代理人弁護士 小 野 誠 之
第1 序論
1.「水は変わる」(乙1)が書かれた趣旨
(1) 「水は変わる」は,原告天羽(以下「天羽」と略称)の「水商売ウォッチング」というサイトでの言動に対する批判として被告吉岡英介が書いたものである。「水商売ウォッチング」は,天羽が「科学的に間違っている」と判断した企業広告を,問答無用でいきなり実名で批判あるいは非難しているサイトである。
それに対する吉岡の批判を要約すると,
@ 国立大学のサイトで,民間企業の実名を出して批判することは,その内容の当否以前に,それ自体が社会的には許されない行為である。また個人としても,天羽が「水商売ウォッチング」を書き始めた当初は天羽は無職であったが,現在天羽は国立大学の教員であり,そのような立場の者が民間企業を名指しで攻撃することは,国民に公正に接することを求める公務員倫理規定に違反する行為である。
A 国立大学のサイトで民間企業を名指しで攻撃すれば,その企業に損害が生じることは分かり切ったことである。実際に多くの企業が「水商売ウォッチング」の 記事によって営業妨害を受けており,相手が国立大学という権威者であるために実質的な抗弁の機会を得られずにいる。
B 製品に効果があって購入者に不満がなく,何の争いも起こっていない場合は,その効果がなぜ起きるかという説明に科学的な間違いがあっても,ある程度は許容されるべきである。科学の世界と実業の世界とではルールが違う。実業の世界では学説の正しさを競っているわけではなく,顧客の満足を競っている。自分が 科学者だからと言って,説明の科学的間違いをとりあげて企業広告そのものをむやみに批判するのは「お門違い」であり,それが国立大学の名でなされるなら,威力による営業妨害である。
C 天羽が主張する「正しい科学の普及」という観点を認めたとしても,いきなり実名を出して批判する必要も必然性もない。製品の説明に間違いがあったら個別に注意して,改めなければ公表するという段階を踏むべきである。
D 間違いといっても,単なるミス,無知による間違い,故意による詐欺などの段階があり,人を裁くときはそれらをきちんと区別しなければならない。天羽はそれらの区別なしに一律に詐欺まがいとして攻撃している。
E しかも,「水商売ウォッチング」には科学的に間違った見解が随所に見られる。
F なぜ国立大学においてそのようなサイトを制作し公開するのか,という質問に対して天羽は,「それは自分の利害(利益)のためだ」とはっきりと回答している。国有財産である国立大学のサイトを利用しての,そのような野蛮な行為は許されるものではない。
そして,このような理由で,「水商売ウォッチング」を国立大学であるお茶の水女子大学の公式サイトから撤去するように求めたのが,お茶の水女子大学への要求書「水は変わる」である。
(2) すなわち,まず先に,国立大学の公式サイトで民間企業が攻撃されたのである。そして日々,攻撃され続けているのである。その攻撃が不当だとして民間側から反論がなされたのが「水は変わる」である。準国家公務員であるそのサイトの責任者は,その反論や批判や質問に対して一言一句,ていねいに回答する義務がある。しかるに天羽も,そのサイトの責任者である冨永氏も,お茶の水女子大学当局も,いまだにその義務をまったく果たしていない。
また,一般論としても,議論には議論で対抗すべきである。相手の指摘に不当なところがあるというなら,それを指摘して反論すべきである。そのような議論を経て,どうしても決着しない,利害が対立するというときには,第3者に裁定をゆだねる,たとえば裁判所に裁定を求めるということはあり得ることで ある。しかし,何の反論も説明も釈明もなしに,いきなり裁判所に駆け込むことなど,社会常識から逸脱している。
まして天羽は国立大学の教員である。反論する能力があるはずだし,反論する機会はいくらでもあったのであり,いま現在もそれはある。「水商売ウォッチング」はまさにそのためのサイトなのだから,そこでいくらでも反論できるのである。
天羽は本件裁判について別紙1のように語っている。その中に次の記述がある。
「ネット上の言論について,双方が公開の場で表現できるというのであれば,言論によって傷つけられた名誉は対抗言論によって回復すべきだというのが私の信じるところである。」
このように,言論には言論で対抗すべきだと明言している。天羽は,2年半にわたって一切の反論も釈明もしなかった。天羽は別紙2のように「放置してきた」と自分で語っている。以下はその中の一節である。
「つまり,私は,いつでも吉岡氏を提訴できることを知った上で何もせず放置していたんですよ。まあ,吉岡氏を憎むというよりむしろ単に呆れたので,放置の方が安上がりと考えた面もありますが。」
「放置か,放置でなければ提訴」という二者択一ではなく,天羽は「反論」という方法をとるべきであり,それが同人のモットーでもあるのである。ところが天羽はそれをしなかった。
(3) 天羽が「放置」と称して沈黙してきたのは反論できないからだと考えられる。
「水は変わる」が指摘する内容のひとつひとつが,正鵠を得ているものであって,反論の余地がなかったからだと考えられる。
そうでないというのなら,今からでもきちんと反論すべきである。それが,企業に対して先制攻撃を仕掛けた国立大学教員の社会的責務であり,民間人に対する義務である。それを回避することは許されない。今なおそれを回避し続けるのならば,ただちに「水商売ウォッチング」を閉鎖すべきである。
吉岡は天羽に対して,この裁判の場において「水は変わる」に対する反論あるいは釈明を文書で提出することを求める。
反論も釈明もしない,あるいはできないのなら,名誉毀損など論外であって,提訴を取り下げるべきである。
2.お茶の水女子大学への要求提出は不法行為ではない
(1) 以上のような状況で,お茶の水女子大学に「水商売ウォッチング」の閉鎖あるいは移転を要求することは,営業妨害を受けている民間の当事者として当然の権利である。そしてお茶の水女子大学当局もそれを正式に受理したのである。それが不法行為だなどということは,あり得ないことであって, もしこれが不法行為ならば,お茶の水女子大学のインターネット記載事項についての不服受付の制度そのものが,不法行為をもたらす制度ということになってしまう。そして,不服を申し立てること自体が不法行為として裁判所に提訴されるのであれば,誰も不服を申し立てることはできなくなってしまい,健全な仕組みが崩壊してしまう。
このことは天羽の次の発言でも明らかである(乙2,108頁)。
「それはともかく,大学にクレームを送ってくれることは歓迎する。対処法を作るためのトリガーが必要なので,クレームを送ってくれることはむしろありがたい。」
天羽自身が,「水商売ウォッチング」でこのように述べており,それはお茶の水女子大学の公式発言なのである。吉岡はその言葉にしたがって大学にクレームを届けたのである。それがなぜ,名誉毀損で訴えられねばならないのか。
(2) 天羽は当初,「水は変わる」という「書籍が出版された」ことを名誉毀損とし,その書籍の1冊がお茶の水女子大学に提出されたことをもって,東京が不法行為地であるとし,裁判は東京で行うべきだとしてきた。その論理は,あくまでも出版という,広く世間に知らせる行為を名誉毀損としたのであり,そのうちの一冊がお茶の水女子大学に提出されたことをもって,不法行為地を東京だと主張してきたものである。
上記の天羽の発言で分かるように,天羽は大学にクレームをつけること自体は歓迎しているのであり,天羽には,大学にクレームをつけることをもって名誉毀損とする考え方はなかったものと考えられる。
このことは,以下のような,提訴直後の平成20年1月5日の天羽の記述でも明かである。
「http://www.i-foe.org/h19wa1493/bbs/tree.php?log=3#9
[319] なぜ,東京?Name: mimon Date: 01/05 14:35
こういう場合,訴訟を起こす人の地元(今回は山形)に提訴するのが普通だと思いますし,たまに,行為の行われた場所(この場合,多分神戸)に提訴することも,ありえるとは思うのですが,なぜ東京地裁なのでしょう。感覚的には,地理的に山形と神戸の間を取ったということで理解できるのですが,理由になりそう もありません。書籍版の「水は変わる」の納本された先がお茶大だったからでしょうか?」
「[320] Re:なぜ,東京?Name: apj 天羽優子Date: 01/05 16:49
>書籍版の「水は変わる」の納本された先がお茶大だったからでしょうか?
はい,そうです。私の名誉をお茶の水大に対して毀損した,という状況ですので……。残りは,書籍版を関係者に配布したことと,ウェブ版を公開して継続的に 名誉毀損してることとか。移送請求は出るでしょうし,裁判所がどう考えるかはまだわかりませんけど。
絵里タンに相談したとき,詳しい状況を話したら,それなら東京か山形だろうね,ということになったんですよ。」
すなわち天羽は,提訴直後までは,お茶の水女子大学には出版された書籍が納本されたと思いこんでおり,その前提で原告代理人と相談して,東京地裁に提訴することにしたのである。絵里タンとは原告代理人弘中絵里弁護士のことである。
ところが吉岡は答弁書において,お茶の水女子大学に提出された文書は出版された書籍ではなく,その原稿のプリントアウト版であることを指摘した。すなわち,出版行為とお茶の水女子大学への提出行為は別の行為であった事実を指摘したのである。
これはごく自然なことで,吉岡の目的の第一は,お茶の水女子大学への不服申し立てであり,その文書を製本出版する事は付随的な行為であった。原稿ができあがれば,そのプリント版をただちにお茶の水女子大学に提出したのである。
この事実の指摘に対して天羽は,「改めて調査したところ,お茶の水女子大学に提出された文書は出版物ではなくプリント版であることが分かった」 として,訴えの内容を変更して,「出版行為」から,プリント版を提出した「不服申し立て行為」そのものを不法行為とするに至ったのである。
これは訴えの根本に関わる変更であるにもかかわらず,このような変更が許されるというのが驚きである。
(3) そしてこれは,天羽の考え方とは相容れない矛盾した行動である。天羽は,大学へのクレームは歓迎しているのである。それがなぜ,クレームをつけられたことを提訴するのか。なぜ,考え方と行動が一致しなくなったのか。
それは,このような論理立てが,裁判地を東京にするために無理して作り上げた作為の論理だからである。しかもそれが,天羽の裁判出席の便利さを考慮したものではなく,東京に事務所を持つ原告代理人の都合であることは,吉岡がすでに東京高裁に提出した移送申立に関わる抗告状に添付した,天羽と原告代理人の以下の会話からも明かである。
「山形大学ブログ(このページはその後削除されて現存しない)
http://www.cmkj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=5866
2007.07.30
天羽「ところでこの相手,別訴も考えてるんですけど」
冨永「山形でやればぁ?」
弘中「がんばってくださいー!」
(目一杯明るく叫ばれてしまう。東京でやるならともかく,山形は遠いので受任する気ナッシングなのが明かな対応。まぁこの前からそういう話だったんですけど)」
天羽はこの日,神戸に係属中の裁判に独立参加人として参加する準備のため,原告代理人弘中氏の事務所を訪ねており,そこでこの話題となった。「この相手」とは被告吉岡のことであり,別訴とは本件裁判のことである。天羽は神戸の裁判で弘中氏を代理人として委任しているが,本件裁判も同人に依頼したいと希望していたようである。しかし,原告代理人は山形での裁判になった場合は代理人としての受任を「明かな対応」で拒否したのである。
以上が,天羽および原告代理人が本件裁判を東京地裁に提訴した背景である。お茶の水女子大学に提出したものがプリント版で,出版とは無関係であることが分かったのだから,原告は提訴地を山形か神戸に変えるべきだった。しかしそれをせずに,訴えの中身を変えることで,提訴地を東京とすることに固執し た。しかもそれが代理人受任の都合である。
このようなやり方は裁判制度を冒涜するものと言わざるを得ない。
(4) ここで,もうひとつ明らかになったことがある。
それは天羽は,お茶の水女子大学に提出された文書の姿形を知らなかった,ということである。
天羽は,吉岡がお茶の水女子大学に提出した文書を見ていないのである。
それは何を意味するか。
すなわち,吉岡がお茶の水女子大学に提出した文書は,お茶の水女子大学当局によって,しかるべく扱われたのであって,天羽がその文書を見たことがなかったということは,その文書はお茶の水女子大学内部において,天羽の名誉が毀損されるような形での取り扱いはなされなかったということである。つまり,天羽が訴えているように,その文書の提出によってお茶の水女子大学内部において天羽の名誉が毀損されたという事実は存在しないのである。
さらに言えば,その文書が提出された2年後の,本件裁判提訴時においてさえ,天羽がその文書の姿形を知らなかったということは,この2年間,そのプリント版によって天羽の名誉が毀損されたという「事実があるかどうか」さえ認識していなかったということである。2年以上も前の,自らはその程度の認識しかない事象について,今頃になって自らの名誉が毀損された,と裁判所に訴えて出ることは実に奇異なことである。もっとも,背景には,後述する「提訴を覚悟しろ」という脅迫もどきの天羽の心情があることが分かれば,むしろ本件提訴の動機は分かりやすいとも言える。
(5) 天羽が訴え出た背景・動機
現在,吉岡はお茶の水女子大学を被告として神戸地裁に提訴している。提訴理由は,お茶の水女子大学の公式サイトに吉岡らを侮辱する文言があるので,その削除をお茶の水女子大学当局に要求したところ,大学側が削除要求を拒否したため,裁判での判断を求めているものである。その当該文言の投稿人は,本件裁判の原告である天羽であり,天羽は自分こそ訴えられるべきなのに,大学を訴えるのはけしからん,として,お茶の水女子大学と吉岡とを訴えて裁判に独立参加人として参加して来た。吉岡はあくまで大学の管理責任について裁判所の判断を求めているのであり,誰が書いたかは問題ではないとして,書き込み人を訴えることはしないと述べている。
それに対して天羽は山形大学の公式サイトで以下のように情報発信した(下線は吉岡による)。
「http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php
2007/12/28 apj
人扱いされてなくね?
マグローブ株式会社の吉岡英介氏がお茶の水大を訴えた件。
当事者参加して,問題の投稿は私が書いたと裁判官の前で主張し,裁判官が「名誉毀損で天羽を訴えるか?」と訊いたのに,吉岡氏は「訴えない」と言っちゃった。
訴訟できる,つまり,訴え・訴えられることができるのは民法上の「人」(自然人と法人)である。名誉毀損訴訟で表現した本人が目の前に居るのにわざわざ外して訴えるというのは,「オマエなんか(民法上の)人扱いしないから」と言ってるのと変わらないわけで,随分と失礼な行為というか,むしろ最大級の侮辱というか。例の「水は変わる」を出版したり,それに続くウェブの内容で私に対する人格攻撃をしまくるよりも,ある意味侮辱の度合いは強いのではないかと。
まあ,「訴えない」などという侮辱を私に対してやった以上は,そんなものを許すわけはないのであって,この先私からの提訴は当然覚悟の上なんでしょうね,と,小一時間問い詰めたい。」
投稿の表題の「なくね?」とは「なくないか?」との意味で,一部の人々の間でのインターネット上での隠語的表現だと思われる。
天羽は,「自分は侮辱を受けた,私はそれを許さない,これから提訴してやる,覚悟しろ」と言っている。これは恫喝とも脅迫とも読める文言 である。そして,その感情のおもむくままに裁判所に駆け込んだのが本件裁判である。本投稿の投稿日は昨年の12月28日で,その3日後の12月31日の深夜に,原告は東京地裁に訴状を提出した。
このような,別のところでの「恨み」を晴らそうとして別件で提訴するようなことは,裁判制度を悪用した濫訴であり,社会人として正常な行動ではなく,ましてや国民や国家を指導する側にある国立大学の準教授としてあるまじきふるまいである。
また,天羽は別紙1で次のように語っている。
「見ればわかるように,私が提訴を行って,直接他人の表現に制限を加えようとしているのは(5)だけである。ただし,この件については,2年近く,提訴のつもりはないとネットのあちこちで書いていた。しかし,吉岡氏が大学を提訴したから,それならばということで提訴に踏み切ったものである。
○別の理由で既に法的紛争に入った相手については別扱い。別訴が事実上の攻撃の手段になる場合があるので。」
天羽は提訴によって吉岡の言論に制限を加えようとしている。そして,そうする理由は,原告が被告と他所で法的紛争になっており,その戦いを有利にするための攻撃手段として,本件を「別訴」しているということである。他所での法的紛争とは前述のように,吉岡がお茶の水女子大学を提訴した裁判に,天羽が吉岡とお茶の水女子大学とを相手方として参加してきた裁判なのである。すなわちそれは,天羽が訴え出ている裁判というべきものである。
(6) 以上,吉岡がお茶の水女子大学に要求書を提出した行為は不法行為ではなく,もとより名誉毀損にもなっていないことは明かである。
第2 科学論について
本件裁判の対象である「水は変わる」が書かれた動機の根本には,磁気活水器という製品が人々の役に立つかどうかという問題がある。磁気活水器の普及活動をしている吉岡は,磁気活水器が人々の役に立つ道具であることを,さまざまな体験的事実から確信して行動しているが,天羽はそれに対して,磁気で水が変わるはずがなく,それを言う者は嘘つきだと断定している。
しかし天羽の断定には,科学的な根拠がまったくなく,「水は変わる」において吉岡は,そのことを批判している。ところが前述のように,原告には国民からの質問や批判に対して,回答し説明する社会的責任があるのにもかかわらず,まったく回答も釈明もすることなく,これを放置してきた。
まずは「水は変わる」で指摘している,原告の科学的な誤りについて,回答なり釈明を裁判所に提出すべきである。
ここで別の話題となるが8月20日に国民生活センターが「磁気活水器は効果なし」と発表した。このことについて別紙3のとおりである。
第3 個別争点への反論
1.名誉毀損は成立しない。
(1) 天羽は吉岡が書いた「水は変わる」の文章のうちのいくつかの文言を摘示して,それが天羽の品性や学者としての信用を低下させるものであり,名誉毀損であると主張している。
しかしながらここにおいても重要なことは,天羽からの反論の有無なのである。
天羽は,国立大学の教員として,先に論陣を張った者の責任として,「水商売ウォッチング」に対する社会からの批判に対しては反論なり釈明をするべきである。反論することなく放置しておいて,いきなり裁判所に持ち込むというやり方は非常識である。
吉岡の「水は変わる」における表現のすべては,天羽の記述をもとにしている。天羽の記述を吉岡がどのように解釈したか,ということであって,吉岡が創作したものではない。天羽の記述を論理立ててつなぎ合わせていくとこういう解釈になる,と述べているだけである。それが名誉毀損になるというなら,それは天羽の記述そのものが天羽自身の名誉をおとしめるようなものだからであって,吉岡のせいではない。天羽の記述に対する吉岡の解釈が間違っているなら,天羽はそのことを指摘し,どう解釈すべきかを具体的に示すべきである。それをすることなしに,吉岡の言論が名誉毀損だと主張するべきでない。
(2) 天羽は「意図的な販売妨害」という記述に何度もアンダーラインを引いて,それが名誉毀損であるとしている。その理由として,「B摘示された事実が真実ではない」ことをあげている。その理由を根拠づける証拠として「水商売ウォッチング」の巻頭言の以下の記述(甲1号証)を掲げている。
「まあ,「商売のために科学を騙るな」というのが基本になってます。ツッコミを入れているケースは,企業の方が先に勝手に「科学理論モドキ」「実験の名に値 しない実験」(=ニセ科学)を宣伝に登場させたものばかりです。宣伝をするのは自由ですが,同時にニセ科学を広めるのはやめてもらいたい。ニセ科学を広めるのは,科学に携わっている人々の業務を妨害する行為です(同じ名前で粗悪品が出回ったら,良い製品を作っている企業は怒るし迷惑もするし,消費者も迷惑します。それと同じ事です)。科学として批判されるのがイヤなら,科学のフリをするのを一切止めればいいだけのことです。 」
すなわち,天羽が「水商売ウォッチング」を作成した目的は,誤った科学的知識が流布するのを阻止することにあるとして,「したがって,原告の目的が企業の営業を妨害し,原告の個人的利益を図ることにあるという記載は,真実に反する」と結論しているのである。
ここには以下の2つの事柄が含まれているので,2つに分けて反論する。
@ 天羽の目的が企業の営業を妨害することにあるという記載
A 天羽の目的が天羽の個人的利益を図ることにあるという記載
2.天羽の目的が企業の営業を妨害することにあるという記載について
(1) まず,天羽は「水は変わる」の文章の読み方を間違っている。
事実として,天羽がいくつか提示した吉岡の文章の中に,「目的」という言葉がないことを指摘しておく。なぜ「目的」という言葉がないか。それは,吉岡が,天羽が何を目的として「水商売ウォッチング」を作ったかを問題にしていないからである。吉岡は,天羽がどういう目的で「水商売ウォッチング」 を作っているかには関心がなく,少なくとも,天羽が,企業の営業を妨害することを「目的」として「水商売ウォッチング」を作成したとは考えていないのである。だから,「目的」という言葉を使っていないのである。
天羽は,吉岡が使っていない言葉を勝手に持ち出してきて,名誉毀損だと言う。しかし,そのような記載は存在しないのである。したがって天羽の本件主張は成立しない。
(2) 「目的」でなければ何なのかと言うと,吉岡は主として「結果」について論評しているのである。吉岡が提出した「水商売ウォッチング」の抜粋(乙2)に見られるように,「水商売ウォッチング」は企業の営業活動を妨害する「結果」となっている。そしてそれは,「水商売ウォッチング」のような文章を書けば,そしてそれを国立大学からの公式情報として発信すれば,それが起こることは普通の社会常識を持つ者には,予測できることである。
実際に天羽は,以下の発言に見られるように,このような文章を書けば営業妨害として企業からクレームが来ることを予測し,最終的には裁判になることを想定して「水商売ウォッチング」を書いているのである(「水は変わる」乙1,2頁参照)。
「当サイトの沿革 http://atom11.phys.ocha.ac.jp/history_doc.html
天羽
「水商売ウォッチング」のように,一般企業の宣伝内容に突っ込むと,営業妨害だと言われることは当然予想していた。私が書いた内容が違法かどうかの最終判 断は裁判所でやることになるが,そのときの被告に大学を入れるのはまずいと思ったので,大学は内容までは関知しないということを示しておこうと思った。」
このことを吉岡は「意図的」と表現しているのである。あるいは「未必の故意」と言ってもよい。かくすればかくなるもの,と十二分に承知しながらの天羽の言動である。
また最近,天羽は山形大学の公式サイトでつぎのように語っている。apjとは同人のハンドルネームである。
「http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/action/121590050061.html
水商売ウォッチング in action
素人法律マニアによる条文と法律書読みのメモと備忘録と対訴訟活動報告
Profile by apj
apj@水商売ウォッチングの中の人,です。裁判対策のための勉強用メモを置いておきます。でも,ただ単に順調にマニアへの道を歩んでいるだけのような気もする。ニセ科学批判の活動は,誰かの利害に反することもあるので,訴訟対策を批判活動の一部として行う,というモデルを積極的に作っていかなければなら ない時期に来ているのかもしれない。
ご協力御礼(学内向け) [平成19年(ワ)第610号(山形)]
2008/07/12
従来のマスメディアは,いろんな形で訴訟を行い,表現の自由をどこまで確保するか,どこまで書けば名誉毀損等になるかという部分のせめぎ合いを行ってきました。個人レベルでも,これをある程度はやらないと,ネットと社会のすりあわせがうまくいかないでしょう。
私は,今後も,特定の企業の利益の差し障りがあってもニセ科学に対する批判は続けていくつもりですし,法的紛争をどうするかということも考えていくつもりですし,機会があれば,判例を積み重ねることを厭わないつもりです。posted by apj (apj's web)」
天羽は,特定企業の利益を損ねることになっても批判は続ける,法的紛争が起きれば裁判で争う,と言っているのである。
天羽が,企業の営業を妨害することを「目的」として「水商売ウォッチング」というサイトを作成しているかどうかは,吉岡には不知のことであるし, 特に知ろうとも思わない。だから吉岡はそのような表現はしていない。しかし上の記述に見られるように,天羽は,同人の言動が企業活動を妨害することになっても言動を続ける,と言っているのである。それは,天羽の言動が「意図的」であることはっきりと示しているのである。
(3) つぎに天羽は,企業活動を妨害することが「目的」ではなく,「誤った科学的知識が流布するのを防止するために」やっているのだ,ということを示す証拠として,前記のように「水商売ウォッチング」の巻頭言から抜粋して,黄色い蛍光ペンで強調して提出している。
「まあ,「商売のために科学を騙るな」というのが基本になってます。ツッコミを入れているケースは,企業の方が先に勝手に「科学理論モドキ」「実験の名に値 しない実験」(=ニセ科学)を宣伝に登場させたものばかりです。宣伝をするのは自由ですが,同時にニセ科学を広めるのはやめてもらいたい。ニセ科学を広めるのは,科学に携わっている人々の業務を妨害する行為です(同じ名前で粗悪品が出回ったら,良い製品を作っている企業は怒るし迷惑もするし,消費者も迷惑します。それと同じ事です)。科学として批判されるのがイヤなら,科学のフリをするのを一切止めればいいだけのことです。」
ところで,天羽は,この文章を作成した期日を平成15年7月頃としている(原告証拠説明書)。
しかしながら吉岡が,平成17年10月に「水は変わる」を書いた時に,この文言を読んでいない。読んでいたら当然それに言及し批判していただろうが,吉岡は「水は変わる」の全編を通じてその文言には言及していない。「水は変わる」を書くときに,「水商売ウォッチング」を精読したが, それを読んだ記憶がないのである。
なぜ,ないのか。答えは簡単である。「水は変わる」を書いた当時,天羽のこの文章は存在していなかったからである。
この文章には「ニセ科学」という言葉が何度も使われている。しかし,この文章を書いたとする平成15年7月頃には,まだ「ニセ科学」という言葉は使われていなかった。インターネット上に天羽が書いたあちこちの掲示板の文章をつぶさに調べていけば分かることだが,当時はニセ科学という言葉は使われていなかったのである。
「ニセ科学」という言葉は,平成18年3月に日本物理学会のセミナーで「ニセ科学を考える」というシンポジウムが開催されたのだが,その準備としてその前年の平成17年の11月頃から,そのセミナーの開催関係者である天羽らの間で使われ出したものなのである。
そのこと示す一例として,すでに提出してある「水商売ウォッチング」(乙2)の抜粋の5ページに,天羽による以下の記述がある。
「疑似科学の見分け方(2002/12/13)
まん延するニセ科学(2006/12/27)阪大菊地教授による,NHK教育「視点・論点」での放映内容。」
すなわち,2002年(平成12年)12月には似たような表現として「疑似科学」という言葉が使われていたのだが,2006年(平成18年)12月には「ニセ科学」という表現になっている。 その転換時期は平成17年の11月頃である。
したがって,平成15年7月頃に天羽がこの文章を書いたということはあり得ないのである。
実際に,アメリカに世界中のウエブサイトの内容をロボットで読み取って,すべてを記録している膨大なコンピューターがあって,その記録がインターネット上で公開されている。 そこを開くと別紙証拠のようになっている。最初のページはそのサイトの表紙である。そこで,「水商売ウォッチング」のアドレスを打ち込むと,次のページが出てきて,「水商売ウォッチング」の巻頭言がどのように変遷してきたかが逐一分かるようになっている(表示→エンコードで日本語自動変換を選択すると読める)。
http://web.archive.org/web/*/http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/intro.html
それによると,「水商売ウォッチング」は1999年にスタートしており,ロボットが巡視するたびに逐一記録が残されている。そのうちの,本件裁判に関係する以下の3つの時期の記録が,別紙証拠である。
@ 2003(平成15)年10月3日 原告がこの文章を書いたとする直後 (ミスタイプ 正しくは1日)
A 2005(平成17)年10月4日 被告が「水は変わる」を書いた直後
B 2007(平成19)年10月13日 ロボット巡視の現時点での最新発表
巡視してからデータが公開されるまでに半年以上かかるらしく,2007年10月13日の巡回が最新の情報である。これらのいずれにも,天羽が提示するような記述が見られない。ロボット巡視の最新発表においてもなお,当該文言は記載されていないのである。
一方で天羽が証拠として提出してきた甲1号証は,その最下欄に2007年(平成19年)12月27日とあるので,その日にパソコンに取り込まれてプリントアウトされたものだが,そこにはこの当該文言が存在するのである。
これはどういうことか。これも簡単なことである。天羽は平成19年の10月13日から12月27日までの間に,当該文言を書き加えたのである(新しいロボット巡視の発表があれば,もっとピンポイントで加筆時期が特定されるはずである)。
前述のように,天羽は本件裁判を提訴することを,平成19年の7月頃から企図して弁護士と相談している。すなわち平成19年の10月13日から12月27日という期間は,天羽が本件裁判を提訴することを準備していた期間である。天羽は,その間にこの文章を加筆したのである。しかるに天羽は,それを平成15年に書いたと言って裁判所に提出してきた。加筆されたその文章をもって,吉岡が天羽の名誉を毀損しているという主張の論拠としているのである。
この文章が平成15年7月頃に記述されたものだとすることから,吉岡が天羽に対して批判と質問のメールを送った最初の段階である,平成15年の11月に,すでにその文章はあったことになり,また,「水は変わる」を書き始めた平成17年8月頃に,その文章はあったことになる。
しかし,もし吉岡が「水は変わる」を書いているときには,当該の文言が存在していなかったとしたら,天羽は,その文言を論拠として吉岡の記述を非難することはできないのである。
天羽が,平成19年10月から12月までの間のいずれかの日に加筆した事実を,提訴する12月には忘れてしまったということはまず考えられない。裁判を有利にするために加筆し,その事実を伏せて提出したと思われる。天羽提出の甲1号証は,その制作時期が意図的に隠されていると断定できるのである。
(4) さて,後日,加筆されたこの文章こそが,天羽には営業妨害の意図があることを示すものなのである。
天羽らは「ニセ科学」という言葉の定義として「科学を装うもの」としているが,「ニセ」ということと「装う」ということは同じことで,どちらも,悪意があるという判断が含まれている。「ニセ科学」という言葉を「科学を装うもの」と言い換えても何の定義にもなっていない。
この加筆された文章においても,天羽はニセ科学,ニセ科学と連呼し,「騙るな」と書き,「フリをする」とも書いている。この言葉から天羽の判断には悪意が含まれていることが明らかである。 企業の宣伝に科学的な間違いがあったとしても,それが意図的なもので消費者をだますつもりのものであるとは限らない。単なる間違い,思い違い,無知,ミスプリということもある。その間違いがどれに当たるかは個別に判断する必要があるし,その判断は天羽らが勝手に決めてよいものではない。
天羽は,相手の間違いを勝手に「だまし」だと断定して攻撃を繰り返してきたのである。そのことが,この加筆された文章でいっそうはっきりしている。このような言動をとれば,それが企業の営業妨害になることは明らかである。そして実際にそうなっている。このような言動こそ,吉岡は「意図的」だと指摘しているのである。
3.天羽の目的が天羽の個人的利益を図ることにあるという記載について
(1) この場合も吉岡は「目的」という言葉を使っていない。したがって天羽が主張する「原告の目的が原告の個人的利益を図ることにあるという記載」はそもそも存在しない。存在しない記載で名誉毀損が問われることはあり得ない。
吉岡の,
「それらの行動はすべて,彼女の「将来を賭けた」行動,すなわち彼女の個人的な欲求を満たすための行動だったのである。」
という文章において,「ための」という表現は,「動機」という意味合いである。
この文章は,<第3章「水商売ウォッチング」の本質>の結語となっているのだが,結語の意味を正確に理解するためには,第3章全部を読まねばならない。そして,全部を読めば,この結語が,天羽の記述を論理的につなぎ合わせていったときの解釈として合理的であることが分かる。
第3章を読めば分かるが,天羽が「水商売ウォッチング」を書いた目的は,
@ 大学として社会貢献するため
A 研究費獲得のため
B 研究の社会コストを減らすため
の3つである。
天羽がそう言っており,吉岡はそれを否定しない。そういうことは原理的に言って,否定できないのである。
「私はこれこれの目的でこれこれの行動をしている」と当人が言うとき,その「目的」とやらは当人の頭の中に存在している。周囲は,そんな目的はおかしい,とか,そんな目的は実現できるはずがない,という論評はできても,当人がそれが目的だと思って行動している,その頭の中を否定したり変更したりすることはできない。だから吉岡は,「原告の目的が原告の個人的利益を図ることにある」などと勝手な判断はしていないし,そんな記載はどこにもしていないのである。天羽が指摘するような記載をしていないのだから,名誉毀損の訴えそのものが成立しない。
(2) ただし,ここにおいても天羽に求められているのは反論である。
天羽は,国立大学の公式サイトから民間企業を攻撃してきた。なぜそんなことをするのか,という問いに対する天羽の回答は,「自分の利害のためだ」「自分の将来を賭けた」というものだった。
「自分の将来」とは自分の個人的なことでしかない。将来を賭けた活動,とは個人的欲求を満たすための活動でしかない。
そこから,天羽の活動の動機として,
「それらの行動はすべて,彼女の「将来を賭けた」行動,すなわち彼女の個人的な欲求を満たすための行動だったのである。」
という解釈が自然に導かれたのである。
もし,その解釈は違うと言うなら,天羽の記述をどう解釈したらよいのか,具体的に反論なり釈明なりをすべきである。
天羽はどういう動機で「水商売ウォッチング」を書いたのか,天羽の記述に対する吉岡の解釈がどう間違っているのか,説明すべきである。
反論せず,いきなり提訴したことについて,天羽は別紙2の最終段で以下のように言っている。
「もし,仮に吉岡氏があなたと同じように考えているのだとしたら,見事な誤解ですね。
「水は変わる」を吉岡氏がお茶の水大に持ってきた時には,私は公取が動いていることも知らず,吉岡氏がダイポールを売っていることも知らなかったのですから。
私に吉岡氏を憎む理由ができたとしたら,「水は変わる」が公開されたことについてでしょうね。あれは名誉毀損文書で,既に提訴し,来月3日が第一回口頭弁論ですから。提訴は今年の元日でした。
で,ちょっと考えてもらいたいんですけど,「水は変わる」の内容が公開されたのが2005年の11月あたりです。私がもし吉岡氏を憎んでいたら,公開された時に即提訴しています。弁護士が「なぜこんなのを出されて天羽は提訴しないのか」と即座に言った程の文書です。私も同じ認識でした。つまり,私は,いつでも吉岡氏を提訴できることを知った上で何もせず放置していたんですよ。まあ,吉岡氏を憎むというよりむしろ単に呆れたので,放置の方が安上がりと考えた面もありますが。」
吉岡が「水が変わる」を書いた動機は,「水商売ウォッチング」が国立大学であるお茶の水女子大学の公式サイトの中にあったからである。そのようなサイトを運営するお茶の水女子大学当局へのクレームとして,「水は変わる」を書いて提出したのである。もし「水商売ウォッチング」が天羽の個人サイトであったなら,そこで天羽が何を言おうと,天羽個人の影響力などたいしたものではないので,吉岡はそのような行動をとらなかっただろう。
天羽は,この間一貫してそのことが理解できずにいる。理解できずにいるために,吉岡とお茶の水女子大学当局との間で争われている神戸の裁判に,「あれは私が書いたのだ」などと見当違いの主張をして無理矢理参加したりしているのである。
この記述で天羽が,この問題を個人レベルの感情の問題としてとらえ,個人の名誉とか利害の問題と考えていることが分かるが,それが大間違いなのである。問題は,国立大学の公式サイトで国立大学の教員が民間企業に攻撃をかけている,という公的な問題なのであり,「水は変わる」は,そのような乱暴なふるまいに対する民間の側からの批判であり反論であって,その背後には活水器などのビジネスに携わる者や,その愛用者などの多数の国民の声があるので ある。そしてそのクレームは「抗議書」として正式な手続きを踏んでお茶の水女子大学に提出されたのである。
すなわち,天羽には,批判に対してきちんと釈明する義務がある。「放置していました」ではすまされない。ましてや釈明なしに,批判者をいきなり名誉毀損で裁判所に提訴するなど,国立大学の教員として言語道断の振る舞いである。
4.「侮辱」についての反論
「水は変わる」全編を読んで判断してほしい。これらの論評は事実に基づいた的確なものであり,侮辱にはあたらない。
5.「肖像権」についての反論
(1) 天羽が問題としている写真は,雑誌「第三文明」の記事のコピーである。雑誌社は読者に天羽の主張を正しく伝えるには,本人の写真があることが有効だと考えたのであり,その考えはごく一般的な正しい考え方である。そして天羽は,その雑誌社に対して写真の撮影と掲載を許諾したのである。そして,その雑誌は数万部印刷されて一般に販売,流布されたのである。そのコピーが出回ったからと言って,いまさら肖像権の侵害といって金銭を要求することではない。
(2) また,「水は変わる」はインターネット上の「水商売ウォッチング」に対する批判として書かれており,ひとつひとつの批判が,天羽が書いたどの記述に対応しているかを,読者はインターネット上で確認することができるようになっている。ところが唯一の例外が,この「第三文明」からの引用部分で,これはインターネット上には存在しない。だから読者は,記事のコピーがなければ,天羽が本当にそのように主張しているかどうかを確認できない。そこで記事のコピーが必要になったのである。そして,その記事が掲載されているページで,雑誌の名前と天羽の名前と対象記事が全部読めるようにコピーをとった。その真ん中に天羽の写真がある。
(3) そして天羽には,肖像権についてクレームを言う資格はない。むしろ,自分の写真を自分から公表する義務があるくらいである。
すなわち,国立大学の教員として国立大学の公式サイトにおいて,民間企業を攻撃している。それも,何かを批判されたり,クレームをつけられたりしたからではなく,突然,相手の実名を上げて先制攻撃をかけているのである。このような振る舞いは,通常の国立大学や国立大学の教員の職務範囲を越えるものである。国立大学の教員がそのような振る舞いをするとき,その教員は,単に名前や所属だけではなく,その姿形を国民の前に明らかにする義務がある。
一般論として,その人間の姿形というものは,議論の内容とは無関係ではない。どういう姿形,年格好の人間がそのような発言をしているのかを知ることも,それを読んだり聴いたりする者が,議論の内容を理解し評価する上で重要である。新聞などで,有識者などの意見が発表されるとき,顔写真などが提示されるのはそのためであり,読者もそれを望み必要としているのである。
今回の場合は,民間企業が国立大学からこのような攻撃を受けたわけだから,攻撃された側が,そのような攻撃をかけていきている人間が,どういう姿形をしているかを知りたいと考えるのは当然である。
しかるに,天羽の写真はインターネット上のどこにも存在していないのである。山形大学の公式サイトにおいても,ほとんどの教員が顔写真を明らかにしているのに対し,天羽だけは顔写真を提示していない。それ以外の学会関係のサイトでも同様である。
(4) 以上のことから,原告が肖像権の侵害として,被告に金銭を要求するのは不当である。
以上の主張中に引用する資料として下記書類を添付する。
【添付】
別紙1(天羽氏のブログ)添付省略
別紙2( 同 )添付省略
別紙3(国民生活センターの試験結果と吉岡作成のこれについての説明)
http://www.minusionwater.com/kokuminseikatucenter.htm
以 上
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