沖縄県竹富町の教育委員会を支持します

2014.03.25


竹富町の教育委員会が、政府の指示を拒否して、自主路線を堅持しました。
大いにけっこうなことです。竹富町を支持します。

追記
この記事を書いた翌日(26日)竹富町からの呼びかけを見つけましたので紹介します。

沖縄・竹富町からもう一度、呼びかけます。町民の会

http://blogs.yahoo.co.jp/tocka_jikkoi/64971272.html

竹富町を支持する人は、件名を「声明に賛同」としてメールしてほしいそうです。
chouminnokai@gmail.com 





この問題を私はまったく知らずにいて、先日の報道ステーションで初めて知りました。



教科書はそれぞれの自治体で自由に選んでよいというのが原則です。その上で、石垣島の石垣市と、与那国島の与那国町と竹富島の竹富町の3自治体が、教科書無償配布の対象としてセットになっていて、3自治体で同じ教科書を使えば無償配布されるが、違う教科書を選ぶと無償供与はできない、という法律があるそうです。

そこで、3自治体の担当者が協議して統一を図ったのですが、竹富町が独自の教科書を採択することに固執したため、2年ほど前から、国からの教科書無償配布はできなくなっていました。

それは法律ですから、民主党政府は竹富町には無償配布をしませんでしたが、それで特に3自治体にはおとがめはなかったのです。(おそらく石垣市と与那国町には無償配布されていたのでしょう)。



ところが、安倍政権になって、下村文部科学大臣が、それは違法であると言いだしました。

問題になっているのは、中学の「公民」という科目の教科書です




この子が持っているのが竹富町で使われている東京書籍の教科書です。
石垣市と与那国町では、育鵬社の教科書を採用し、竹富町にも同調を求めていました。

では、東京書籍と育鵬社とはどう違うかと言うと、まずシェアですが、日本全体では東京書籍が6割近くを占めていて、育鵬社は4%しかありません。

 @東京書籍  57.0 %
 A日本文教出版 14.1 %
 B教育出版   13.2 %
 C帝国書院    8.9 %
 D育鵬社     4.0 %

つまり、日本全体では東京書籍の公民の教科書が標準的に使われているということです。





また内容的には、育鵬社のロゴマークで分かるように、この会社はフジサンケイグループの子会社で、いわゆる自虐的な歴史観(自虐史観)に反対して、戦前の日本には良いところがたくさんあった、と考えて、それを教科書に反映させています。




下村文部科学大臣は、安倍内閣の一員として、自虐史観を修正したい考えで、籾井NHK会長や百田尚樹、長谷川三千子経営委員、小松一郎法制局長官などの安倍人脈の極右の人々と同類です。下村氏は、特定の教科書を応援するつもりはないと言っていますが、日本で標準的な教科書を排して、シェア4%の教科書をゴリ押ししているわけですから、その意図は明白です




このような事態になった経緯は次のようなことです。

石垣市の玉津博克という人が、右派の市長の肝いりで、教科書選定の協議会の責任者になりました。彼の主張は、石垣市やその周辺では国境問題を抱えているので、それなりにしっかりした教育をしたいということです。そして、それまで教科書は教員が多数決で選んでいたのに、その権限を取り上げて「協議会」というものを作り、そこで教科書を決めるようにして、そこで育鵬社の教科書を選定し、ほかの自治体にもそれを採択するように働きかけてきました。

そして、最終的に採用されたのが、教員たちの評価が最も低かった、育鵬社の教科書だったのです。






しかし、今回の報道で、実は協議会のメンバーは、教科書を読んでいなかったことが明らかになりました。「え、読まなきゃだめなの?」「忙しくて読んでられないわ」とインタビューに答えていました。

協議会の委員には、恥と言う観念がまったくないようです。





「読まずに決めていいんですか」という記者の質問に対して、玉津氏は「コメントを控えたい」と答えています。玉津氏も、正面から問われて、「読まずに決めていい」とは言えません。
「お前らは単なる頭数なんだから、俺の言うとおり採決すりゃいいんだよ」と協議会を運営してきたのが実情でしょう。読んでない人に、意見があるわけがありませんから。




このようにして、竹富町は政府から訴追されそうになっていますが、町はまだ屈していません。これは、教育や地方自治に対する、政府の強権的な介入だと断言しています。

これこそが、安倍政権の「ナチスの手口を真似ろ」という手法です。




安倍総理は、今の法律では、このような「反乱」が生じるので、無償配布セットの中で異論を唱える者は違法として裁けるように、法律を改定するつもりだとのことです。

しかしそれは、今の法律では竹富町は違法ではない、ということです。
それを下村文部大臣は、違法だ、と恫喝しているわけです。

それに対して竹富町はこのほど、政府の指示には従わない、と決めたわけで、大いに頑張ってほしいものです。


教科書の内容はどう違うのか

さて、では肝心の、公民教科書の内容はどのように違うのでしょうか。私はその教科書を読んだわけではありませんが、テレビの画面から読みとると次のようになっています。




東京書籍
日本は第2次世界大戦で他の国に重大な損害を与え、また自らも大きな被害を受けました。そこで日本国憲法は、戦争を放棄して、世界の恒久平和のために努力するという平和主義を基本原理としました。憲法9条は戦争を放棄し、戦力を持たず、交戦権を認めないと定めています。



育鵬社
第2次世界大戦に敗れた日本は、連合国軍によって武装解除され、軍事占領されました。連合国軍は日本に非武装化を強く求め、その趣旨を日本国憲法に反映させることを要求しました。このため、国家として、国際紛争を解決する手段としての戦争(侵略戦争)を放棄し、戦力を保持しないこと、国の交戦権を認めないことなどを憲法に定め、徹底した平和主義を基本原理とすることとしました。



自虐史観は良くない、として「新しい歴史教科書を作る会」というような団体がいくつかあり、 育鵬社はその流れにあるようです。

私も、戦前の日本が何でもかんでも悪かったとか、先の戦争は日本だけが悪かったとか、そういう考えは間違っていると思います。

ですから、自虐史観を是正するとは、そういうことかと思っていましたが、この育鵬社の教科書を見ると、これこそが自虐史観ではないかと驚きました。



育鵬社の教科書こそ自虐史観

どうも、戦争に負けて悔しい、という感じですが、勝てば良かったのかははなはだ疑問ですが、負けた後は、ただ、ただ、占領軍の言いなりになって、戦争を放棄させられた、と繰り言を言っているわけで、まるで、戦後の日本人には何の意思もなかったかのような記述です。

それこそ、われわれの父祖に対する侮辱であり、自虐史観です。

いわゆる「右翼」とか「ネトウヨ」とか言われる人々は、安倍内閣に集まる面々を見ても分かるように、通常の日本人よりもかなり知的レベルや教養のレベルが低いのですが、この文章を書いた人(人たち)もまた、知的レベルがかなり低いようです。

普通の感覚なら、こんな表現で自分の子弟を教育したりはしません。

君たちのおじいさん、おばあさんは、アメリカから、無理やり憲法を押し付けられたんだよ、と、わが子らの教科書に書きますかね?
「いや、これが本当なんだ、これが本当なんだ」と、書いた人は言いたいのでしょうが、こういう書き方こそ「愛国心」とやらを失わせる効果的な方法です。



押し付けられたわけではない

しかし実は、「押しつけられた」というのは、事実ではありません。
日本国憲法が、占領軍によって一方的に定められたというのは、事実ではありません。

日本国憲法は、原文はアメリカ人たちが書きましたが、それは当時の日本人には、鳩首協議して何度憲法草案を作りなおしても、当時の世界の民主主義のレベルには到底達することができず、ここまで開明的で自由主義的な社会を作る能力がなかったから、アメリカ人に教えてもらったのです。

明治維新以来、日本は外国人の教師を招いて、すべて教えてもらってきたのです。
知らないのだから、出来ないのだから、そうするしかありません。

そして成文を得て、昭和天皇はそれを喜び、帝国議会はそれを承認し、国民はそれを歓迎したのです。




朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

御名御璽
昭和二十一年十一月三日




改憲論者は、これの何が不足なのでしょうか。
昭和天皇も吉田総理も石橋蔵相も、ただの人形だったと言いたいのでしょうか。


新憲法が日本の発展を支えた

新憲法により、財閥が解体され、農地が解放されて小作人の苦しみがなくなり、言論の自由が認められ、労働者の権利が認められ、組合などの結社の自由が認められ、女性の権利が認められたのです。そして世界の恒久平和を願い、戦争を放棄する国になることを宣言したのです。

日本人には、こんな改革は出来なかったのです。

つい1年、2年前まで、天皇は神だ、鬼畜米英だ、非国民だ、アカだ、赤紙だ、と軍部にさんざんな目に会わされてきた国民は(朝ドラでやってました)、新しい憲法を、世界一の平和憲法だと、心から歓迎したのです。

ですから、私は憲法が実施された昭和22年の生まれですが、同級生には、憲夫、憲彦、憲子、など憲法から一字をもらった名前の友人がたくさんいます。私たちは新憲法の子なのです。
生まれる子には、父母がおり、祖父母がいます。その子に、憲法から一文字をとって名付けるのは、当時の日本人が新憲法を歓迎した証拠です。

そして日本人は、天皇も国民も、アメリカに、マッカーサー将軍に、大いに感謝したのです。

これは属国根性ではありません。ご主人様からもらったものなら、何でも有難がるのは属国根性ですが、良い物をもらって喜び感謝するのは、人として正しい行いです。自分の能力では作れないものを作ってもらったのですから、ありがとうと言うのが人の道です。

日本の戦後の復興と発展は、この新憲法を土台にしています。
それを昭和天皇は「新日本建設の礎が定まった」と喜ばれているのです。
日本が平和主義を宣言したことで、世界からの警戒心が解かれ、世界と貿易ができて、古い財閥の権益が解体されて、日本は経済発展することができました。
ソニーもホンダも新憲法あっての会社です。


次のような歌があります。

流れる雲よ 舞うかもめ♪
海の道 空の道
新たに起こる 日本の
栄えを築く 前衛われら

にぎわうピアよ 滑走路♪
海越えて 空越えて
伸びゆく平和 日本の
未来の鍵を 握るはわれら

まだまだ戦後の日本が、小さく貧しかったとき、この歌は作られました。
最後に、しめくくりのもう一節があります。

一番のしめくくりは

ああ、税関の朝風に 希望かがやくユニフォーム

二番のしめくくりは

ああ、税関の旗のもと つどう我らの胸が湧く

これは、税関の歌です。父が税関に勤めているとき、職員が歌っていました。
歌詞は全国の税関職員から募集された最優秀作に、西条八十が加筆したものです。
当時は、日本は関税障壁をもうけて、国内の産業を保護していた時代でした。
税関職員は、その国策の最前線に立っていました。
その気概が伝わる歌詞であり、戦後の雰囲気を伝える歌詞です。


そして戦後70年、日本は、新憲法によって飛躍的に社会が発展してきたのです。
戦前が良かった、というのは幻想であり、妄想です。
現代の日本人は、いきなり戦前の世界に放り込まれたら、みんな逃げ出すでしょう。



憲法を改定するには知性が必要

私は、憲法を不磨の大典とは思いません。必要があれば改定すべきです。

しかし、改定する理由が、日本国憲法はアメリカが作ったものだからとか、占領軍が被占領国の憲法を作るのは違法だから、ということなら、改定する必要はないと思います。
アメリカに作ってもらったものでも、良いものは良いからです。
改定の理由は、あくまでも、憲法の精神がどうか、条文がどうか、ということでなければなりません。

そしてもちろん、新たに憲法を作るなら、
それは、現憲法よりも優れた理想と知性を世界に示さなければなりません

しかし残念ながら、最近いろいろと発言が問題になっている、憲法を改定したい右派の面々を、安倍、麻生、石破、下村、籾井、長谷川、百田、荻生田、衛藤、本田、小松、ナベツネ、などと思い浮かべてみても、全員が、まったく知性と教養に欠ける面々ばかりです。

実際、自民党の改正案は噴飯ものでしかありません。彼らには現憲法を越える憲法を作る能力がありません。知性がないからです。日本国憲法を徹夜で書いた、20代のアメリカ人女性、ベアテ・シロタ・ゴードンさんの知性の、足元にも及びません。できないものを、できる、できる、と言うのは戦前の軍部と同じです。そして、できたものは、ろくでもないものです。


安倍政権は、中国と戦争するつもりのようです。

中国を封じ込めるぞ、と署名論文を書いて、わざわざ世界に発表しました。
侵略戦争の定義は定まっていない、と国会で言いました。
ヨーロッパで問われて、日中の間を第一次大戦前夜の英独の関係にたとえました。
靖国神社に参拝して戦争指導者のA級戦犯に礼拝しました。

これでどうやって中国と友好関係を築けるのか。
戦後営々として築いてきたものを、安倍政権はすべてぶち壊しています。

戦争が いったん始まれば、局地戦では済みません。
日本のすべての原発が破壊されます。
中国にある日本のすべての企業や社員が焼き討ちに遭います。
日本は壊滅します。アメリカは傍観します。

まったく愚かで危険な政権です。






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