日本物理学会 会員諸氏に提案する
2006.03.29
いよいよ明日、物理学会でわざわざ「ニセ科学」」を取り上げて議論するという。
そんな議論はむろん日本物理学会の会員諸氏の本来の仕事ではないが、議論の対象がほんとうに「ニセ科学」であるなら、つれづれに学会で議論することも、あるいはいいかも知れない。しかし開催提案書や講演概要を読む限り、今回のシンポジウムの趣旨は、国民が日本物理学会に期待する役割から大きく外れていると言わざるを得ない。
マイナスイオンとは「大気中を浮遊する負の電荷を帯びた粒子」であり、大気イオン学で言うnegative ions のことである。その存在を認めその研究をすることは、十分に科学的な行為である。
水の中に結晶ができることは自然現象である。それを観察し研究することは、これもまた十分に科学的な行為である。
ところがいま日本物理学会は、これらの研究を「ニセ科学」と断じて全否定しようとしている。
思慮に欠ける、恥ずかしい行動である。
しかし日本物理学会の会員諸氏が全員、開催提案者や講演者たちの考え方に共鳴しているわけではないだろうから、ここで諸氏に提案をしておきたい。質問時間があるようだから、心ある諸氏は以下の趣旨の質問をして、講演者たちの回答を得ていただきたい。
そしてできれば、その回答を私に知らせていただきたい。
質問1
天羽優子氏は、「水商売ウォッチング」で「水が物理的に変わることはない」と断言し、それに反対する者を詐欺師呼ばわりしている。
水分子H2Oは,すべて同じ性質を持っている。きれいなわき水の水分子も下水の水分子も,日本の水もアメリカの水も,水分子の周りに他に何があるかという違いだけで,水分子そのものは全く同じ形と大きさと質量を持ち,物理的・化学的性質も同じである。
水そのものに変化を及ぼすような説明をしたとしたら、その部分については「真っ赤な嘘」で「完全に騙されて」います。
また、このシンポジウムの「概要」でも、水の変化は物質の変化(不純物組成など)であるというのが基本である。このことを十分確認せず、水が物理的変化を起こすと考えたことが、多くの間違いのもとになっていた。と同じ趣旨のことを述べている。
水が物理的に変わることはない、という根拠、あるいは文献を示していただきたい。
質問2
水の結晶について、天羽優子氏は「水商売ウォッチング」で次のように述べている。
また、水の結晶写真と水質は無関係である。写真のような6角形の結晶は、水蒸気から結晶成長させるとできる。水蒸気がもとだから、水に溶けている成分が何であるかとは無関係である。
江本勝氏の観察では、水の結晶は気相ではなく液相の水の中にできる。これを「水の結晶は水蒸気がもとだ」と天羽優子氏は言うわけだが、どういう結晶成長のメカニズムを考えているのか。
また、「水の結晶は水の中に何が溶けているかとは無関係」であるなら、もし観察の結果、日本の水とアメリカの水では結晶のでき方が違うことが確定したとしたら、それは日本の水とアメリカの水とでは物理的に違うことを意味することになるが、どうか。
質問3
菊池氏は「ニセ科学入門」という学生向けの講義録の、マイナスイオンの項に追記して次のように言っている。
効果がはっきりしないものをあたかも効果についての科学的な証明があるかのようにいうのはやはり「ニセ科学」である。「よく調べれば、マイナスイオンの効果が明らかになるのではないか」という反論を受けることがあるのだが、それは本末転倒で、「よく調べてマイナスイオンの効果が明らかになったから、商品化する」でなくてはならないことは誰が考えても当然の話。
そして自身のブログで「ニセ科学入門」↓
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/nisekagaku/nisekagaku_nyumon.html
のマイナスイオンの項に追記しておきました。誤解していた部分とか、誤解させる部分とかいろいろあって、そのうちなおそうかと思っていたのですが、ぐずくずしてるうちに引用数が増えてきたので。もう少しきちんと書いたほうがいいのですが。
でも、「マイナスイオンはニセ科学」という結論は変わらないです。
と言っている。
学生向けの「ニセ科学入門」が、いい加減に書き散らされたものであることがよく分かる。それを元に物理学会で講演しようというわけだ。よくまあそんな話を聞きに行くものだと感心するが、それはともかく、こういうことなら、「ニセ科学」という言葉を使うのはおかしいのではないか。
「マイナスイオンはニセ科学」という文の意味は、マイナスイオンという現象そのものが科学的に虚偽であると言っているのである。それ以外の解釈はない。
この言葉遣いは、大気イオン学の研究者を真っ向からニセ科学者とののしっているのと同じである。
また、効果が問題だということだから、菊池氏の言い方で言えば、マイナスイオンの効果がはっきりした時点で、マイナスイオンは「ニセ科学」から「真の科学」に昇格することになる。そんないい加減なことでいいのか。
言語の能力の問題だが、菊池氏が問題にしているのは結局ビジネスのあり方なのだから、ニセという言葉は科学を形容するのではなく、ビジネスにかける形容詞とすべきであって、
「ニセ科学」と呼ぶのではなく、「ニセビジネス」と呼ぶべきではないか。
あるいはどうしても科学という言葉を入れたいなら、「ニセ(科学)ビジネス」と呼ぶべきではないか。