山形大学 結城学長、理事会、教職員、学生のみなさんへ

山形大学理学部の天羽優子準教授が山形大学を訴えました

状況説明 3


2008.01.08.
マグローブ株式会社 代表取締役会長 吉岡英介
http://www.maglobe.co.jp/

本件は、昨年末に天羽優子氏が私(吉岡)を山形地裁に提訴する事態になりました。
私だけでなく、同時に山形大学(結城章夫学長)も提訴されました。

訴状によると天羽氏は以下の判決を求めています。

1.天羽は、マグローブ社に対し、天羽が編集したウェブログの、別紙で指定する書き込みの削除義務が存在しないことを確認する判決を求める。
2.マグローブ社は天羽に対し100万円を支払えとの判決を求める。
3.山形大学は、天羽が編集したウェブログの、別紙で指定する書き込みを削除してはならないとの判決を求める。

4.訴訟費用は被告の負担とする。

の4項目となっています。
そしてマグローブ社は1月23日に山形地裁に出頭せよ、という地裁からの通達です。

提訴の理由は奇妙なもので、訴えられる前に訴えて自己防衛すると彼女は主張しています。
そして、マグローブ社がお茶の水女子大学に電話したのはけしからん、だから私に100万円よこせと、まるで金目当てのような恥ずかしい提訴になっています。
自学(学長)を訴えるなど、学内の準教授にあるまじき行為でしょうが、天羽氏にはお茶の水女子大学を訴えた前歴があります。

本件は、提訴された以上は受けて立たざるを得ません。
山形大学もおそらく受けて立つでしょう。

解説

弁護士に教えてもらったことですが、少し解説しておきましょう。
人が誰かに何かを要求することは、誰もが持っている自然権であり基本的人権です。たとえば誰かに、席を譲ってくださいませんか、と要求すること自体には法的に問題はありません。それを要求された人は、いやならそれを断ればいいだけです。
しかし、その要求に際して、脅したり、怒鳴りつけたりしたら、それは脅迫とか恫喝で犯罪となります。

法的権利とは、それを相手に要求する権利が法的に認められるということで、たとえば貸した金を返して下さいと要求することには法的な権利があります。
法的権利は、要求よりも強い概念です。

今回、天羽氏が判決を求めているのは、天羽氏に削除する法的義務がない、ということで、つまり、マグローブ社に当該書き込みの削除を要求する法的権利がないことを、裁判で確定したいということです。
この判定は、書き込みの内容を精査し、議論した上でないと確定しません。
私たちマグローブ社は、状況説明の1と2で詳しく説明したように、現実にその書き込みで営業妨害を受けていますから、削除を、単なる人権としての要求以上の、法的な権利として要求できると考えていますが、実際問題としては、まだその権利を行使していません。

天羽氏の狙いは、マグローブ社が権利を行使しそうだから、先制パンチで逆に提訴してしまえば、同じ内容で裁判はできなくなる、ということのようです。そして、このやり方をウェブで発言しているみんなが学習すれば、ウェブサイトの書き込みに対する削除要求を防御することができる、としています。

しかし、そううまく行くものかどうか。
まだ訴えてもいないものを、逆に予防的に訴えるという、こういうやり方が通用するなら、削除を要求する側は、いちいち削除要求などせずに、いきなり裁判所に持ち込むことになりそうです。

要求の第2項目の100万円については、天羽氏は弁護士をつけずに、間違いだらけの訴状を手書きで修正して訂正印だらけにしたものを、山形地裁に提訴していますが、弁護士がついていたらこういう恥ずかしい要求はできなかったでしょう。弁護士がいさめるからです。金が目当てで裁判を起こしたと受け取られても仕方ない行為です。


                   100万円ちょうだい???

山形大学には削除する法的権利がある

第3項の要求は、天羽氏は自分が割り当てられている山形大学の公式サイトのうち、特定の部分について、大学当局はこれを削除してはならない、と裁判所に決めて欲しい、と言っているわけです。
しかし普通に考えて、大学当局から見れば、大きなお世話だ、ということでしょう。

天羽氏はこの提訴について次のように述べています。

http://tomihito.exblog.jp/7897434/
Commented by apj at 2008-01-04 19:36
クレーム処理として、実験的な意味合いが強いのが、私が昨年12月5日に提起した「債務不存在確認訴訟」です。これは、本務先である山形大学に対するクレームに対し、「教員が開設したウェブページの法的責任は教員個人が負う」とする大学の見解をふまえた上で、私が法的責任を負うために「削除義務が無いことの確認」を求めて提訴したものです。これがうまくいけば、クレームがあった段階で表現者本人が法的手段に出ることができますので、大学を挟んで云々しなくても、直接表現内容の審理に入ることができ、処理がかなりすっきりするだろうと考えています。

天羽氏はいろいろと述べていますが、この提訴自体が、結局のところ、大学当局に天羽氏のサイト全体の削除権があることを前提としています。

右図の青い囲みが天羽氏のサイト全体とすると、赤い斜線の特定部分を削除してはならない、と裁判所は大学当局に命令してほしい、と天羽氏は求めているわけですが、ある部分だけを削除するな、ということは、その前提として、この青い囲み全体が大学当局の支配下にあるということを、天羽氏も認めているということになるでしょう。
青い囲み全体が大学当局の支配下になく、天羽氏が自由にできるのであれば、わざわざこんな要求をする必要はないからです。

大学の公式ページの削除権が大学にあるのは当たり前です。それが「社会の常識」です。
教員が好き勝手なことを書いて、大学は知りません、では世間は納得しません。

結城学長は次のように言っています。
http://www.yamagata-u.ac.jp/jpn/yu/modules/university1/index.php?id=60&yu_m=1_4

教職員への学長就任あいさつ

皆さん、こんにちは。9月1日付けで、「国立大学法人山形大学」の学長に就任いたしました結城章夫です。(中略)
私は、36年間にわたり、中央省庁で科学技術行政や教育行政に携わって参りました。国の政策が今どう動いているのか、国立大学がどういう状況に置かれているのか、そして、「社会の常識」がどうなっているのかはよく理解しているつもりです。また、大学の「しがらみ」には縛られておりません。私は、「しがらみ」にとらわれることなく、「社会の常識」に従って、「外からの思い切った改革」に取り組んでいくつもりです。
その場合の「社会の常識」としては、特に、2つのことを重視しています。
一つは、国立大学は、ユーザーである学生のために存在しているということです。つまり、学長・理事、教職員の最も大事な仕事は、学生のために働くことであると考えています。
もう一つは、山形大学には毎年、120億円を超える国民の税金が投入されています。多額の税金が投入されている限りは、山形大学は社会に対して開かれている必要があり、また、国民に対する説明責任を負っているということです。私は、この2点を判断の基礎に据えて、これからの山形大学の経営に当たって参ります。(中略)
法人化の狙いの一つは、国立大学に適用される会計や人事などのルールを国の重厚で丁寧なものから、民間企業に準じた簡素で効率的なものに切り替えることでありました。その切り替えが山形大学で十分にできていないということであれば、これからの改革の余地は大きいと考えます。
私は、当面の課題として、「意志決定のスピードアップ」と「事務手続の簡素化」に取り組んで参ります。そして、早い段階で、目に見える、具体的な成果を出していくつもりです。
この結果生まれてくる教職員の新たな時間とエネルギーは、どのように活用していくべきでしょうか。私は、教員の皆様には、学生と向き合う時間を増やして、「教育の充実」に向けて使ってもらいたいと思っています。(中略)
法人化したということは、自らのことは自分の責任で何でも決められるようになったということです。山形大学にとって良いと思うこと、山形大学がやりたいと思うことは、どんなことでも、先ずはためらわずにやってみようではありませんか。

当然のことですが、学長も認識しているように、山形大学は国民の税金で運営されており、その使途は国民に説明されねばなりません。天羽氏のサイトも国民の税金で運営されています。当然マグローブ社が納めた税金も使われており、その金でマグローブ社への攻撃が行われています。まったく理不尽なことで、国立大学の中立性や公平性がないがしろになっています。学内の準教授ごときから訴えられて、裁判費用を国庫から捻出するなどということも、いったい大学当局は何をしているのか、納税者から見ればまったく理不尽なことです。
法人化されたことを活用して、あいた時間とエネルギーを学生の教育に使いたい、と学長は言っています。天羽氏は大学や民間企業をを引きずり込んで、その時間とエネルギーを裁判に使おうとしています。学長の意図から完全に外れた行動です。
法人化とは、自分でなんでも決められるということだ、と学長は認識しています。人事も含めて適切な処置がとられるべきであり、そうでなければ逆に国民の不信を招くことになるでしょう。

山形大学としては、この裁判に負けるわけには行かないでしょうが、それだけでなく、今後、同様の事態が生じないように措置する必要があります。それが国民に対する責務です。

この裁判は濫訴(乱訴)です

天羽氏は山形大学の公式サイトで以下のように情報発信しています。

http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php
2007/12/28
マグローブ株式会社の吉岡英介氏がお茶の水大を訴えた件。
当事者参加して、問題の投稿は私が書いたと裁判官の前で主張し、裁判官が「名誉毀損で天羽を訴えるか?」と訊いたのに、吉岡氏は「訴えない」と言っちゃった。
訴訟できる、つまり、訴え・訴えられることができるのは民法上の「人」(自然人と法人)である。名誉毀損訴訟で表現した本人が目の前に居るのにわざわざ外して訴えるというのは、「オマエなんか(民法上の)人扱いしないから」と言ってるのと変わらないわけで、随分と失礼な行為というか、むしろ最大級の侮辱というか。例の「水は変わる」を出版したり、それに続くウェブの内容で私に対する人格攻撃をしまくるよりも、ある意味侮辱の度合いは強いのではないかと。
まあ、「訴えない」などという侮辱を私に対してやった以上は、そんなものを許すわけはないのであって、この先私からの提訴は当然覚悟の上なんでしょうね、と、小一時間問い詰めたい。
posted at 2007/12/29 1:19:15

天羽氏は、「自分は侮辱を受けた、これからどんどん提訴してやる、覚悟しろ」と息巻いています。
そして、その感情のおもむくままに裁判所に駆け込んだのが今回の提訴です。
これは裁判制度を悪用した脅迫であり、国立大学の準教授として驚くべき発言です。
また、これは山形大学の公式ページから発信される情報として、はなはだ不適切です。

状況説明の1で書いたように、私は大学の管理責任を問うており、書き込み人が誰かは問題にしていません。たまたま当該の文言は天羽氏が書いたようですが、それは偶然であり、もし他の人が書いたのであれば、その人はわざわざ裁判には参加しなかったでしょう。それでも同じことが進行したはずです。ですから、私を訴えてくれ、なんで私を訴えないんだ、と恨まれても困ります。
別に、天羽氏を民法上の自然人として認めていないわけではありません。

年あけて2つめの訴えです。まったく濫訴(乱訴)です。(まだ訴状は届いていません)

http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=7295
2008/01/01 謹賀新年、提訴しました  by 天羽優子
「明けましておめでとうございます。提出です」
と挨拶したら、窓口の人にちょっとだけウケたっぽい。そのまま正本1部副本3部を提出。絵里タンの事務所でもらってきた収入印紙を確認して正本に貼り付けた。書類不備がないことの確認と、予納郵券の額の確認に5分ちょっとかかった。「元日の日付で作ってもらいました。私が最初ですよね?」と言ってみたら、「4日に始まったときに、どういう順番になるかわからないから、1番になるとは限らないんだよね……」と言われてしまった。
まあ、最初に突っ込んだら何番になるかは運次第だよ、ということを絵里タンの事務所できいていたので、予想の範囲だが……。一桁には入れると思うのだが……。

http://www.i-foe.org/h19wa1493/bbs/tree.php
[315] いや、私も教わったクチだし   Name: apj Date: 01/02 12:45
 さすがに私は夜中に提出できるなんて思ってなかったわけ。
夜間窓口がある、などということを私に教えたのは絵里タンですよ。
ってか依頼人にそんなマニアックなこと教えるか普通?^^;)
[318] 最初はネタだった……  Name: apj Date: 01/04 00:44
 この間の口頭弁論の帰りの新幹線の中で、神戸地裁の事件番号の推移(吉岡提訴から私の当事者参加まで)から一日平均の新規提訴の数を見積もったり、という話をしていました。それで「東京地裁が多分事件数は一番多いよね」「東京地裁で一桁番号になるのって稀少ですよね」「それでは番号1はとれるのか?」「最初に出してみてはどうか?」という流れになった。「じゃあ日付は元旦てこと?」「うーん訴状に賀正って書きたいね(by絵里タン)」とかそういう話に。
冗談から駒みたいな流れですよホントに。
弁護士ともども、まるで遊び半分で人を訴えています。国民に対して公正に公平に接しなければならない国立大学の準教授のやることとはまったく思えません。
私が天下のお茶の水女子大学という大組織を訴えているのは、自分に正義があり、お茶の水女子大学の行動が間違っていて私たちが損害を受けている、というギリギリの認識のもとで、必死の思いで提訴しているのです。
国立大学で給料を保証されている(と思っている)者だけが、こんな遊び半分の濫訴(乱訴)ができるのでしょうが、結城学長も言うように、独立行政法人になって山形大学には独自の人事権が与えられています。権利を持っているだけで、それを適切に行使しないなら、世間は納得しないでしょう。


学長、理事会、理学部教授会の判断を、世間は注目しています。

                                                 おわり
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