志賀原発 運転停止判決 井戸元判事が語る

2011.05.21


本日の毎日新聞は、2006年に北陸電力志賀原発の運転差し止め、という勇気ある判決を下した井戸謙一元判事にインタビューして以下の記事を掲載しています。







争点について、両者の意見を十分に聞いたら、原発は危険だという結論に達し、そのまま勇気ある判断を下したということです。

司法は行政から独立していなければなりません。

古く明治の時代に、来日したロシアのニコライ皇太子に斬りかかった巡査を、時の政権はロシアの報復をおそれて死刑にしろと言ったのに対し、裁判所は、殺していない者を死刑にする法律はないとして無期刑にしたことがあります。結果として日本の司法が欧米並みに政権から独立して機能していることを示すこととなりました。

昨今、全般に司法が行政の言うがままという傾向が顕著です。原発裁判などはまさにその繰り返しです。今週の週刊現代も、司法のいい加減な判決によって、多くの無辜の民が原発震災を受けていることを指摘しています。

そういう中で井戸元判事は勇気ある聡明な判決を下しました。無理が通れば道理が引っ込む、石が流れて木の葉が沈む、というのがこれまでの原発行政でしたから、判決当時は司法界や政官界で、「奇行」呼ばわりされたでしょうが、今となっては先見の明は明らかです。

論理的に考えれば初めからこうだということです。



福島について井戸元判事は、本当に津波のせいだったのか、と言っています。
これが司法のプロの視点です。重要な指摘です。

実際には、津波が来る前に地震で配管が壊れて冷却水が降ってきた、との作業員の証言があり、作ったGEも、あれは地震で壊れると言っており、また保安院長は国会で、地震で鉄塔が倒れて主電源を失ったと証言しました。


そもそも、地震のあと、作業員が逃げ出したというのがおかしいのです。

地震の揺れがおさまって、津波が来るまで40分もあり、その時点ではどのくらいの大きさの津波が来るのか分からないし、津波は大丈夫と東電が言ってきたのですから、逃げる理由はありません。

逃げ出す理由は、目の前で原発が壊れて煙や水蒸気を吹き出していた、ということです。



政府は、今のところは一義的には東電の責任だと言っています。

しかし地震で壊れたことが判明すれば、耐震基準を定めて東電の運転を許可していた国に全面的に責任があることになりますし、その基準で作られている他の原発も全部止めろ、という話になります。(浜岡は、止めてみたら配管が割れていて放射能がもれていました)

もし世界政府というものがあれば、地震国日本地域にだけは原発は作るな、と政府命令が出るでしょう。世界的には、そして客観的には、それが当然です。日本には国家の主権がある、などと言っても、世界が大迷惑をしているわけですから、言うことを聞かないなら、お前なぁ、フセインを知ってるか、カダフィを知ってるか、ということです。


日本は原発から脱してゆくしかありません。



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