心で分かる 原発の話 さらば核発電」  出版


2011.12.29



「脱原発の道」の講演を聴いた出版社の方から、とても分かりやすいので出版したら、というお誘いをいただき、秋口からひとつひとつ文章を書き、ひとつひとつ絵を描いて、ようやく来年2月に本が出ることになりました。

心で分かる原発の話 さらば核発電」

という題名です。





だいたいこんな感じです。元がスライドショウですから、全ページの上段がスライドの絵で、下段が解説という構成になっています。


「核発電」という言葉は日本にはまだありませんが、「原子力発電」という表現は物理学として少しずれていて、エネルギーは原子全体からではなく、その中心にある核(nucleus)から出て来ますから、核発電と呼ぶのが正しい呼び方です。




(さらば核発電 22ページより)




核の大きさを野球のボールとしますと、原子の大きさは野球場よりずっと広い大きさになります。
核と原子とはそのくらい違うもので、起きる現象もエネルギーのレベルもまったく違います。

人類は原子のレベルまでは何とか理屈が分かって来ましたが、核のレベルで起きる現象についてはまだ良く分かっていません。ましてや、制御する技術などありません。

昔はあまり違いが分からなかったので、原子爆弾とか原子力潜水艦などと言いましたが、今では英語やフランス語では 核 と言うのが普通になっています。(ドイツ語はまだAtomicですが)

このごろは日本のデモでも、 No Nukes と言っていますので、核発電と呼ぶのがよいでしょう。


核発電所、核発電事故、核発電工学科、核発電技術者、・・・・・・・


こう呼ぶと、ものごとの本質がはっきりします。

というわけで本の題名を「さらば核発電」としました。




なにせ無名の著者で、出版社も零細ですから、最初から全国の書店にたくさん並ぶというわけには行きませんが、私としては、一家に一冊買ってもらって、やがて国論を脱核発電に統一できる内容だと思っています。

アマゾンで扱ってくれると思います。




核発電を推進する理屈はすべてなくなりました


きのう、タケシの番組で討論をしていましたが、核発電を続行する理屈は、推進派の中にもすでに全く無くなっていることが分かりました。


もともと核発電をやる理由などないのですが、推進派は屁理屈をつけてウソをついて、やってきたわけです。それが、もう通じなくなったということです。


唯一の理由付けは、東工大の澤田という助教が何度も言って、逆に、「それしかないのか」ということが視聴者にバレてしまったのですが、化石燃料に戻ると毎年2兆円から3兆円の燃料代がかかる、ということだけでした。

まぁ、ロクでもない屁理屈です。


これまで何十兆円もかけて原発(核発電)を推進してきたのが間違っていたのです。
その設備を全部止めて化石燃料を買えば、一時的に二重払いになるのは当然です。
それはしょうがない、それはみんなで払うから原発止めてよ、というのが国民の願いです。


そもそも、日本に原発は必要か、という話を、東工大の原子力の助教が言うのは、その任にあらずなのです。技術者は、政治家などが必要だと言うものを作るのが仕事で、それが必要かどうかを判断するのは技術者の役割ではありません。

「あんたに日本経済の心配してもらわんでええ」ということです。

山本太郎さんが「何でやるんですか、研究費が欲しいんですか」と突っ込んいましたね。


原発は必要だ、という理屈をちゃんと言える人が政治経済の分野にいなくなったので、その任にあらずの技術者にお鉢が回ってきたわけです。


推進派の理屈は、すべて破綻しています。
来年4月に核発電はずべて止まるでしょう。



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