| 大飯核発電の再稼働の条件について整理してみましょう。 「金」と「安全」 まず、政府と関電が再稼働したいと思っている理由は「金」です。 一方、地元自治体などが再稼働に反対している理由は「安全性」です。 ここが根本的にずれています。 「金」とは主として燃料費のことです。また、ネットゲリラさんがしばしば指摘しているように、日本中の核発電所が再稼働できずに無用になっては、電力会社の資産価値がマイナスになってバランスシートが悪化する、ということもあるでしょう。 ネットゲリラ→http://blog.shadowcity.jp/my/2012/04/post-109.html しかし政府も関電も、「金」が理由で再稼働したいとは絶対に言いません(チョロチョロとは言ってますが)。言えばヤブヘビですから言いません。それで、議論は「夏の電力需給」などという、あらぬ方向へそれてしまっています。 「安全性」については、斑目安全委員長がかつて静岡地裁で堂々と証言したことがすべてで、「安全、安全と言っていたら原発など作れない」ということです。 作っている連中がそう言っているのですから、それがすべてです。 防潮堤を多少高くしても、電源車を配置しても、絶対の安全などありません。 なぜなら、人智はまだ核エネルギーを制止できるレベルにまで達していないからです。 「子供の火遊び」とは危なっかしいことの代名詞です。 なぜ危ないか、子供は火の消し方を知らないからです。 核について、人智はまだ、「子供の火遊び」のレベルです。 安全かどうか、どこまでやればいいか、などという話は、100%の安全はないのですから、いくら議論してもムニャムニャと禅問答にしかなりません。答えが出ない・・・というより、答えはとっくに出ているのに、周りをグルグル回っているのです。 さて、燃料費ですが、営々として作り上げた核発電所を使わずに、新たに天然ガスなどを買ってきて火力発電をすれば、燃料費はまるまる持ち出しです。ところが政府は知らぬ顔をして助けてくれませんから、関電がモロに損をするわけです。関電は、まがりなりにも独立した自由企業ですから、燃料費のために配当を減らしたり、資産を売ったり、社員の給料を下げたりしなければならないとしたら、「なんでやねん」ということになります。 だから抵抗しています。再稼働したいわけです。 これは関電に理のある話です。 もともとそういう話だったのです。 脱核発電には時間がかかる 去年、菅前総理が「脱原発依存」と言ったとき、それは定期点検した核発電設備をどんどん止める、という話ではありませんでした。10年くらいかけて核発電依存から脱してゆこう、という大方針でした。 ドイツなど、脱核発電を言っている諸外国も同様です。しばらくは、だましだまし使って行こうということです。 菅前総理がそういう大方針を出したことは画期的なことで、私は大いに賛成です。 しかし発表当時は世間にはかなり「過激な政策」と受け取られたものです。 ところが驚いたことに、いまやマスコミや世論はさらに過激になっていて、再稼働は許さん、という世論が圧倒的になっています。これは核発電の危険性がだんだん国民に浸透してきたからですが、それにしても世論は、核発電はただちに止めて、新しい燃料費は電力会社が自前で出して、電力会社はどんどん貧乏になれ、と言っています。 しかし、自由経済の中でそれは通らないだろう、というのが常識的な判断ですから、急には無理だから、「じゃぁ10年かけてやろう」という話になっていたわけです。 夏の電力需給がどうなるか、という話は本質的な話ではありません。関電は、世間が決めた方針に従って再稼働をせずにいて、それで夏の電力が不足になっても、それは自分のせいではないですから、「供給責任を果たす」という建前はあっても、まぁ、仕方ないでしょうということです。大阪の橋下市長は停電も甘受すると言っていますし。 ですから、夏の電力需給の数字を詰めていっても、あまり意味はありません。関電もある程度は需給に自信がありそうですから、細かい詰めはしないでしょう。それに、細かい数字を発表すれば、それに文句を言う人がたくさん待ち構えています。 脱核発電の費用は国民が負担する 問題は、核発電を停止した場合、新たに発生する燃料費や火力増設費を誰が負担するのかということです。その1点なのです。 政府が、「政府が払う」と言えばいいのです。 そうすれば関電は、大飯核発電の再稼働をしないでしょう。 政府はこれまで50年間、国策として核発電を推進してきました。 電力会社はそれに応えて、核発電所を作ってきました。 電力会社が核発電をやりたかったわけではありません。国策だったのです。 ですから今、もし国策として「再稼働しない」というなら、火力への転換資金は政府が出すべきです。政府が出すということは、つまりは電力料金を値上げして国民が負担するということです。 電力会社がどんどん貧乏になればいいんだ、などという話には情も理もなく、自由主義の国で民間会社にそんなことを強制する法律は作れません。無理に作ればサボタージュが起き、それを摘発するために警察国家になり、北朝鮮になってしまいます。 もし、火力転換のための金はないと政府が言うなら、あるいは国民がそんな負担はしないというなら、経済的な理由から大飯核発電を再稼働したいという関電を阻むことはできません。 どっちかです。 だからある程度の年数をかけて「脱原発依存」しよう、と菅前総理は言ったのです。 経済的なことを考えれば、すべての核発電所をいきなり止めることは無理だろう、という常識的な判断です。稼働を続ける場合、「安全性」はある程度犠牲になります。もともと100%の安全はあり得ないことを承知でやっていることです。日本は核発電のリスクをあと何年かは耐えながら、なんとか脱核発電してゆこうという話です。 しかし、100%の安全は技術的にあり得ませんが、事故の損害を政府が100%(できるだけ)補償することはできます。飛び散った放射性物質は電力会社のものではないから、お前たち勝手に除去しなさい、ということでは国民はまったく納得できません。 再稼働の現実策 社会にはいろいろな立場の人々がいろいろな意思で暮らしていますから、一方的な主張や原理主義、教条主義では万年野党で多数派は形成できません。現実的な方向を探るべきです。 現実策としては、10年で脱核発電という大方針を政府が発表した上で、電源喪失が起こらないように安全度を高め、年次の古い核発電設備や脆性破壊が危惧されている設備や断層の上の設備はすべて停止し、残った比較的安全度の高い設備を稼働し、大地震が来ないことを天に祈って(これは祈るしかないし、祈っても仕方ないですが)、もし事故が起きたら損害は政府が100%補償することを政府は国民(地元自治体)に約束する。 地元自治体も地元民も、政府が100%の事故補償を約束してくれれば、振り上げたコブシをおろすことができます(本当に事故が起きれば空手形になるにしても)。 こうやって10年間リスクに耐えて、その間に脱核発電の諸策を推進する。 これが現実的でしょう。 こうやって脱核発電という大方針を、とにかく成し遂げることが大切です。 総選挙では、こういう現実的で革新的な政策を掲げた政党が勝ちます。 |