尖閣問題 沖縄美ら海水族館の展示

2014.11.06


10月末に仕事で沖縄に行き、時間があったので「美ら海(ちゅらうみ)水族館」を見学しました。



噂にたがわぬ壮観で、1時間ほどの見学を楽しみました。
その中でひとつのコーナーで、沖縄周辺の海域の海底図を展示していました。




茶色の枠は八重山諸島(石垣島と西表島)と沖縄本島です。
黄色の枠が尖閣諸島です。(枠は筆者が加筆したもの)
左端の巨島は台湾です。
図のさらに左に中国大陸の福建省があります。

琉球列島弧と尖閣諸島の間に、深い琉球海溝があることが分かります。

安倍総理を筆頭に日本共産党の志位委員長までが、尖閣諸島は日本の固有の領土であると主張して、中国と一戦も辞さずの構えですが、地理的な状況を見ると、尖閣諸島が日本の固有の領土であるという主張には無理があります。

さらにこれを断面図にして見てみると、下図のような感じになります。



これまで何度も書いてきたことですが、この断面図を見て、尖閣諸島は日本の固有の領土だと主張することには無理があります。

現実に、琉球海溝を流れる琉球海流を越えて、琉球の漁船などが尖閣諸島に行くことは難しく、逆に台湾や福建省の漁民は易々と尖閣諸島に行って漁業をしていたのでした。だからここは中国名で釣魚島(日本名魚釣島)と名付けられていたのです。

歴史の事実を見ても、1868年に明治維新があり、1878年に薩摩の反乱(西南戦争)があって、それを制圧した明治薩長政府軍は余勢をかって琉球を侵略し、首里城を陥落させて琉球王を捕縛し、琉球を日本に併合しました。

そしてすぐに清国と交渉して、1年後の1879年には、琉球の南半分(八重山諸島)を清国に譲渡するから、日本を貿易の最恵国待遇にしてほしい、と交渉し実は調印までしていました。琉球とは、日本にとってその程度のものであったわけです。

その後、これも何度も書いてきたことですが、海溝の向こうの尖閣諸島でカツオ節を作りたいという日本人の要望があり、政府は「いやいや清国の目が黒いうちはそれは無理だ」と退けることが10年以上続いていましたが、1894年に日本は、むりやり清国に戦争を仕掛けて、清国海軍を殲滅し、清国の降伏直前に、尖閣諸島は日本領だという、明治政府の内閣の決定という国際的には誰も知らない決定によって、尖閣諸島は日本領になったのでした。

この尖閣が、「日本の固有の領土」だと主張し、尖閣をめぐって中国と一戦すべし、若者は血を流せ、というのが今の安倍政権ですが、それは理もなく、利もないことです。

尖閣諸島は、中国領とまでは言わなくても、1894年以前の「無主の地」に戻すべきです。
しかし一方で、小笠原諸島の赤サンゴ密漁船は、日本の領海に浸入したら拿捕すべきです。
そのように筋を通して中国と相対すべきです。


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