1991年 関電美浜の細管破断事故

2011.06.14

脱原発を明言している大阪府の橋下知事が、「大阪府民が原発を必要とするなら、大阪府内に作るべきだ」と発言しました。






まったく正しい考えです。また、敦賀市長に対して本末転倒と一蹴していますが、これもごく当然の考えです。



さて、今からちょうど20年前に、関電の美浜原発で細管破断という大事故がありました。

当時も今も私は市井の一市民に過ぎませんが、当時私は、10日くらいかかってワープロを打って文書を作り、関電社長あてに送って原発からの撤退を求めました。同時に、京大原子核工学科の関係者にもそのコピーを送りました。関電に勤務していた同級生が、その文書が社内で回覧になったと言っていました。

その文章の中で私は「大阪原発誘致」を、ひとつの逆説として主張しています。これはその後「東京原発」という映画も出来たように、原発問題を考えるなら当然行き着く正論です。
そして当時関電の副社長も、私の文書に触発されたのかどうかは知りませんが、数日後の記者会見で「大阪原発」の可能性について語ったものです。



関電の原子炉はPWR(加圧水型)というタイプで(下図)、東電福島のBWR(沸騰水型)とは構造が違います。沸騰水型では原子炉内で水が沸騰して蒸気になり、そのままタービンに行きますが、加圧水型は、原子炉内では水は加熱されて圧力が上がるだけで蒸気にはならず、蒸気発生器に導かれてそこで蒸気を発生させます。そこには細管が数千本もあります。美浜事故ではその細管がギロチン破断し、炉内の水が失われました。



加圧水型原子炉(Pressurized Water Reactor)






この事故について、原発の現場で20年以上働いたベテランの棟梁で、1997年にガンで亡くなった平井憲夫さんが、以下のように解説しています。

原発がどんなものか知ってほしい(全)

びっくりした美浜原発細管破断事故!

 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一九八九年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。

 そして、一九九一年二月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。

 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。

 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を一〇〇キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。

 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。

 この事故は、二ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。



この文章は口述筆記だと思われますが、ささいな誤記や、筆記者の誤解、また平井さん自身のささいな思い違いなどを取り上げて、この口述全体が信用のおけないものだとおとしめる者がいて、ネットの世界ではインチキという風評だったようです。

その発端になった人は若手の原発の運転員のようでしたが、今となっては、そういう傲慢な連中が現場の平井さんたちの警告を無視して原発を運転してきたことが分かります。
たとえば上の文章の最後の段落に、「二ミリくらいの細い配管」という記述がありますが、誹謗者たちは、直径2ミリの配管なんて、そんな竹ヒゴ細工みたいな配管があるものか、平井は現場を知らない、書いてあることはみんなウソだ、ということになりました。しかしこの記述は、管の肉厚が2ミリの配管という意味です。筆記者が書き写す時、「二ミリ厚」の「厚」を書き忘れただけです。直径は20ミリくらいでしょう。いつも細管を見て触っている現場の棟梁がそんなところで間違えるはずがありません。

以下は平井さんが最後に紹介しているエピソードです。



その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。

 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 

 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。




細かい点で間違いはあっても、平井さんの口述は日本の原発の歴史の証言として貴重なものです。特に福島の事故があってからは納得できるところが多々ありますので、ぜひ一度通読することをお勧めします。



さて、20年前のことで稚拙な点も多々あり、恥ずかしいところもありますが、1991年に関電に送った文書を以下にご紹介します。




関電社長宛文書  1991年

美浜原発事故に思う 
    平成3年3月3日  吉岡英介

美浜原発事故について関西電力の公開説明会があると新聞で知り、2月19日に関電に聞きにゆきました。以下はその時の印象および原発に対する私の考えです。


◆原発反対運動について

原発反対運動は、電力会社に対してデータの公開を要求し、独自の調査や測定を進めて間違った数値を指摘し、繰り返し原発反対の意思をアピールするなどの行動によって国民を啓蒙してきました。しかし反面、太鼓をドンツクたたくことによって大衆の反発も生んでいます。あの人たちちょっと変なんでしょ、というのが通行人というか普通の都市生活者の印象ではないでしょうか。
反対運動が成功してきたとは言えないと思いますが、その責任の一半はこのような旧態依然の運動スタイルにあると思います。太鼓をたたくとか下手な歌を歌うとか妙な服を着るとかいった運動スタイルはトレンディではありませんし、トレンディでなければ世の中は動かないでしょう。
また、このような運動スタイルは、実際にその傾向は認められるしそれは原発反対運動にとって不幸なことなのですが、原発に反対することが思想的には左翼だと思われてしまう一因ともなっています。社会主義だろうが資本主義だろうが原発は止めるべきだというのが反対運動の立場でしょうし、天皇制や日米安保や自衛隊の中東派遣とは関係ないはずですが、往々にしてそういう事柄に対する反対運動と思想的にも人的にもオーバーラップする印象があり、大衆運動となり得ていません。
たとえば右翼の宣伝カーが日の丸を立てて「すめろぎの国を放射能で汚すな」と叫ぶという風景は今のところちょっと想像しにくいのですが、反対運動の基本的スタンスとしてはそういうことがあってもいいんだという無党派性あるいは許容性があるべきだと思いますが、どうも反対運動は関電は大資本ですなわち悪であり私たちはいつも清く正しい、という数十年も前から定型化されている左翼的パターンに安住している雰囲気がただよっていました。

私は新聞で関電の公開説明会があると知って出かけました。私は20年ほど前に京大で原子核工学を学びましたので、現在では原子力に直接かかわっていませんが、原発問題には関心があります。今回の事故は深刻なので事故の経緯と関電の考え方を知りたいということで聞きにいったわけです。会場には私のような立場の人も少なからずいたようでした。だから技術的な問題についての質疑応答はたいへん有益でしたが、カネや太鼓の騒ぎになるのはいささか心外でした。
さらに司会者が「この会合の目的はPWR(加圧水型原子炉)を止めることだ」とか「少なくとも美浜1号炉を止めることだ」と言われましたが、それもおかしな話で、原発を推進しようとする関電の建物の中で開かれ、関電が「公開説明会」と呼ぶ会合で、炉を止めるという結論が実施されるとは思えません。それを承知で司会者がああいう発言をするのなら、それはいわゆる「大衆の引き回し」ですし、会場の参加者も承知の上でああいうことをお互いに言い合うのであれば、それは「私たちは清く正しい」ことを確認する呪文のようなもので、どっちにしても無意味でしょう。
関電が公開説明会を開いたのは反対運動の要求の成果なのでしょうが、しかし関電が説明会を自分から開こうとしないのは、このような無意味なパフォーマンスのせいだとも言えます。また反対運動派が要求して開かれたにせよ一方の当事者である関電が「説明会」と言っているわけですから、それは反対集会ではなく、それをカネや太鼓で反対集会であるかのように切り盛りするのはいかがなものでしょうか。


◆反対運動の戦略について

原発をなくすという目標は正しいと思いますが、そのための戦略は反対運動の中には無いようでした。「この集会の目標は美浜1号炉を止めることだ」などの発言はその現れです。また、もし本当に明日にもメルトダウンするのならば、行動提起としては関電を武装襲撃し炉の停止を強要するしかありません。それは国法の許すところではないけれども世界人類には許されることです。そのような行動提起がないのは反対運動派もまだ時間があると思っているからです。
ではどのくらい時間があるのか。あるいはどのくらいの時間をかけて原発を無くしていくのかというタイムテーブルを一応は組み立てるのが戦略の第一歩ですが反対運動にはそれは無いようで、皮肉なことには、もしかしたらむしろ関電にはそのタイムテーブルがあるのかも知れません。なぜなら原発は今や典型的な3K労働であり、電力会社も製造会社も今後は原子力関係の技術者や労働者を今までのように確保してはいけないでしょうし、今回の事故でますます若い人に見放されるだろうからです。関電にはその危機感があるはずですから、表向きは強気でも実は撤退のプログラムがあるのかも知れません。
また敵を知るのは兵法の基本です。関電は反対派が思うよりはずっと真面目で賢明で、だから今まで原発は大事故なしに運転されてきました。しかし今回の細管破断事故は関電にとってあまりにも深刻な事態で社内は非常体制になっているはずです。関電はPWRにはコリゴリでウェステイングハウスあるいは三菱にだまされたぐらいに思っていることでしょうし、関電自身はできることならPWRを全部止めて検査したいと思っているはずで、少なくとも技術陣はそう思っているでしょう。しかしそれでもなお関電は供給責任とか他の電力会社への配慮とか政府の圧力とか、何らかの理由でPWRを動かさざるを得ないとの結論に達しているのです。また民間企業の宿命として利益を確保せざるを得ず、設備投資は回収せざるを得ず、そのためには電気を売るより外に道がないのも事実です。誰も助けてくれません。反対運動派はその程度には「敵」を理解した上で、その論理あるいは社会的仕組みを上回る、あるいは回避できる戦略を立てることが必要で、それはたぶん関電のために退路を用意することなのでしょうが、いずれにせよ「直ちに原発を止めよ」と言い放つだけでは原発は止まらないと私は思います。このやり方は「自衛隊の湾岸派遣反対」「米軍費負担反対」と言うたけの社会党に似ていて、真面目な対案がありませんから、関電としても聞く耳を持たないようなことになってしまいます。

情報公開を求めることは有意義だし、今回の事故については温度圧力データが公開されていないようなのでその公開を求めることは重要です。しかし「原発を止める」には別の戦略が必要です。
また、現在の反対運動は依然として地元志向が強すぎるのではないかとの印象を受けました。説明会の会場にいる人々は若狭湾近辺の人々、何度も若狭湾に足を運んでいる人、他の原発の地元の人、がほとんどで、つまりこういう人々が原発反対運動の担い手として「若狭の原発を案じて」いることを示しています。反対運動の方針は昔から地元の人々を啓蒙し、地元自治体の反対決議を引き出せば原発はそこには建たない、と決まったものでしたが、その結果として関電が紀伊の勝浦や海南に分散させたかった原発が現在では若狭湾に集中して建っているわけです。それでも関電としてはどこかに原発ができればそれでよいことで、つまりは地元志向のイタチごっこというパターンは関電のの望むところだったのであって、反対運動派が手弁当で電車賃と宿泊費を負担して地元で活動する間に、会社の費用で仕事で社員を派遣して地元を利益誘導するというのが関電の勝ちパターンだったわけです。今回の細管破断によってその勝ちパターンにも陰りが出てきましたが、反対運動が地元に留まる限りはたとえ流血の事態になっても原発は結局どこかに建つだろうと私は思います。

左翼志向で大衆に開放されていない印象、アナーキーで対案がないこと、地元志向が強すぎること、タイムテーブルを持たないこと、などが反対運動の欠点ではないでしょうか。


◆関電批判

12時40分での停止は無理としても、最初のサンプリング結果が出た13時20分の時点で炉の停止操作が行われるべきでした。それができなかったのは、現場にそれをためらわせる圧力がかかっていたからで、それは事故後に資源エネルギー庁の指示を受けた飯田副社長の発言からも明らかです。飯田氏はエネ庁の「今後は放射線モニター数が通常より20%増加した時点で炉を止めよ」という指示に対して、それでは実際問題として運転はできない、需給バランスを考えれば炉を止めることはできないと述べました。つまり現場には多少の放射線カウント異常があっても炉は止めてはならない、という指示が通常は出されていたことになります。
需給バランスが、いささかでも安全性に対して優位であるかのような、関電技術陣総帥のこのような思考法はきわめて危険です。電力の供給責任は原発の安全性を犠牲にするほどの重大な使命ではありません。原発の安全を優先するために電力供給絶対量が不足すれば優先順位をつけて供給すればよいことで、日頃からそのような体制をとっておくことが電力会社の任務です。TVコマーシャルで有名な「関西電力保安協会」を走らせてあちこち不急のブレーカーをロックして回ればよいことで、関電には「電力を供給する責任」がるのではなく、「電力を安全に供給する責任」があるのです。関電広報の黒川氏の「ここにいる皆さんの意見に従って炉を止めることはできない。なぜなら皆さん以外の何千万という需要家が電力の安定供給を望んでいるからだ」という主張もずいぶんおおざっぱな言い方で、「私の家の電気はPWRから供給してほしい」という人はいないはずで、PWRから供給するか石油火力から供給するかは関電の専決事項だ、とは不遜です。「多少安全性に問題があっても電力を供給せよ」という需要家も多くはないはずで、もしあったらそういう需要家は別系統にして高い料金にすることです。
一方、20%増加で運転停止することは現実問題として技術的に難しい、と説明会の席上で燃料部門の人も言っていましたし、質問者からも指摘されており、飯田副社長はそれを正直に言ったということなのでしょうが、そうであるならばエネ庁のそのような指示は受容すべきではなく、いったんは受容して後で文句を言うとは不思議な話で、エネ庁も、出来ないことを指示してお茶を濁すようでは情けない話です。

全てのPWRをただちに止めて検査すべきだという主張は、常識ある人々にとっては当然の論理です。「細管の瞬時破断は絶対に起こらない、したがって安全だ」と様々な論拠をあげて関電が主張し続けてきた、まさにその事故が現実に起こってしまったのですから、同型の他の炉をこのまま運転し続ける論理は成り立ちません。それを、事故が起こってしまうと関電は、今度は別の論理を持ち出して来て、「やっぱり安全だ」と言い、ほっかぶりしてPWRの運転を強行しています。これは「細管の瞬時破断は起こらない」ことを証拠立ててきたあらゆる証拠を、自分達こそ初めから信じていなかったことを意味します。自分が信じてもいないことを言いふらして、世間をだまして来たことを白日にさらしているわけですから、一斉点検をせずにPWRの運転を強行し続ける日々は、関西電力が自分の名誉を失ってゆく日々でもあります。
このように天下に恥をさらしながらも「供給責任」を果たして行こうというのが関電トップの方針ですが、関電にとって真に恐ろしいことはこのような強硬策が現場技術陣のモラルの崩壊をもたらす可能性があることで、生身の人間にいつまでも非論理的な役回りを負わせ続けることはできません。実際にそのような徴候があることを私は説明会に参加して感じました。憂うべきことです。

関電は「供給責任」という大義のもとに極めて危険な道に自軍の存亡をかけています。しかしそんな必要はないし、結局は皆の迷惑です。「絶対に起こらない」と言っていたものが目の前で起こってしまったのですから、すでに関電は一敗地にまみれているのであって、それは完敗とも言うべき負け方だったのであり、敗戦処理としてはここはPWRを全部止めて、どうでもしてくれと開き直るのがトップとして正しい決断であり、フセインの頑迷ではなく、ヒロヒトの真摯と英知に習うべき正念場でしょう。


◆原発廃止の哲学

関電広報の黒川氏は、技術にはリスクはつきものであり飛行機だって墜落する、要はその技術がもたらす利点と危険性とのバランスを社会がどう受け入れるかであると主張しました。これは原発事故は必ず起きると言うのと同義で、反対派もすいぶんナメられたものだと感心して聞いていましたが、しかし原子力はこの種の議論で律することのできるエネルギーではありません。

1.宇宙は混沌である
2.生命は秩序である
3.混沌は秩序を破壊する

原子力とは核分裂や核融合であり原子核の反応です。これは恒星つまり自ら光る星々において常時生じている現象で、核反応とはすなわち宇宙の運行原理です。だから30年前に東海村で原子炉が臨界に達した時、日本にも宇宙の灯がともったと新聞は報じたのです。
一方、生命現象は精神領域を除けば物質的には化学現象で、原子の軌道電子のレベルにおける反応で、原子核そのものが変化することはありません。たとえば生命における代表的なエネルギーと物質との循環を炭素について見ると、空気中の二酸化炭素は植物によって太陽光のエネルギーと水を利用して炭化水素として固定されます。それは木の実であったり草の葉であったりしますが、その炭化水素は虫や鳥によって食物として体内に取り込まれてバクテリアの力で消化され、呼吸によって体内に取り入れられた酸素と化合してエネルギーを放出し二酸化炭素になって大気中に戻ります。この循環において炭素は炭素のままであり変化することはありません。炭素は酸素や水素と化合したり離れたりしてエネルギーを出し入れしながら、時には草になったりウサギになったりしてグルグルと循環しているだけです。そしてこのシステムのすべては何者かによって創造された遺伝子に担われた情報によって制御され、その情報は世代から世代へと伝えられていきます。この「情報」がこの世の秩序の至高のものです。
飛行機事故で死んだ生命は他の動物の食物となりバクテリアによって分解されて炭素と酸素と水素と窒素になって再び生命の連鎖の中に戻ります。飛行機が落ちるのは、時にシカが崖から落ちたり、猿が木から落ちたりするのと同様の生命現象のひとつとも言えます。交通事故も山火事も洪水も雷もみな同じレベルの話であって、飛行機が落ちることによって生命を司る秩序が壊れることはありません。ところが原子力は違います。これは宇宙の混沌のエネルギーであって生命秩序には敵対的なエネルギーです。放射線は易々と遺伝子を貫き、その貴い情報を破壊します。個体は生命のひとつの発現形態に過ぎず、親が死んでも子が残れば情報は残されて生命は維持されていると言えます。たとえばタンポポの綿毛が飛んでまた、タンポポが生えてくればそれは元のタンポポと同じことです。しかし原子のエネルギーはその情報そのものを破壊してしまいます。
地球は宇宙のただ中にありながらオゾンや地磁気や大気によって宇宙の混沌から身を守っており、太古の昔からサンゴやプランクトンなどの生命自身の営々たる努力によって生命情報の伝達に適した環境を作ってきました。しかしウラニウムを採掘して濃縮し、それを一カ所に集積すればそこには宇宙の混沌が生まれ、宇宙の混沌は生命の秩序とは相容れません。それがチェルノブイリの教訓です。
このようなことを平気でやれるのは、おそらく人類には地球上における万物の霊長としての自覚がないせいで、黒川氏にも万物の霊長としての自覚は無いようで、飛行機事故も原発事故もいっしょくたです。おそらく関電全体としても同じような意識で、せいぜい99.99を99.999999にすれば良かろうということでしょうが、しかしたとえ原発が千年、二千年無事故で運転されたとしても、それは生命秩序の形成に要した時間に比べれば一瞬に過ぎず、このまま原発を続ければホモサピエンスは生命秩序を破壊するために生命秩序の最後の段階で生まれてきた鬼っ子ということになります。


◆PWR(加圧水型原子炉)の不健全性

原子力エネルギーは生命秩序に敵対するエネルギーですから、その使用法は極力限定されるべきで、たとえば人類が長期にわたって宇宙空間に滞在する時などには有力なエネルギー源となります。あるいは海底などを探査する時に原子力電池のようなものを用いるのも原子力の有効な使い方でしょう。
一方、放射線照射によってガン細胞を破壊したりジャガイモの芽を殺したりすることは生命秩序への敵対性を逆用しようということですのでいささか疑義があります。
しかし原子力を石油などの代替品として大規模発電に利用しようとは神をも畏れぬ所業で、宇宙の混沌を地球に作りだしそれで電車が走ればそれでよい、とはすいぶんと無鉄砲な話です。百歩譲ってそれが必要だとしても人類の技術はまだ宇宙の混沌を十分に制御して利用できるほどには発達していませんから、当分の間大規模発電は見合わせるべきで、もう少し地道な研究を続ける必要があります。
原子力が利用できそうだということは50年ほど前に欧州の物理学者によって解き明かされてアングロサクソンに引き渡され、人類最初の原子力利用はアングロサクソンの作りだした原爆という形で日本人の頭上で実施されました。戦争が終わってアメリカ人は原爆製造を止めるのかと思っていたら、反対に彼らは原爆の大量生産を始めてしまい、その威力によって世界に君臨しようとしたわけで、アングロサクソンの好戦性は十字軍、大英帝国、ルーズベルトの昔から昨今のブッシュ大統領まで一貫しています。
そういう彼らが思いついたのが原子力を潜水艦のエンジンに用いることで、これなら長い間海に潜って戦えるとばかり急いででっち上げたシロモノがPWRというわけです。それは要するに既存のタービン船、つまりは戦艦とか空母とかの石油ボイラーの部分を原子炉に置き換え、他のところはそのままでよかろうという拙速なご都合主義の産物です。だいたい、宇宙の混沌のエネルギーを用いるという人類史の画期的な事業に対して、それでお湯でも沸かそうかという発想がそもそも貧困なのですが、まぁ急いでいたのでしょう、とにもかくにも原子力潜水艦というものが出来上がってノーチラス号が北極海を潜航横断したりしました。この軍事用の原子炉が陸に上がって美浜の原子炉PWRになっています。

PWRの問題点はいろいろあるのでしょうが、安全性について言えば、蒸気発生器の数千本もの薄膜細管が一番の問題で、あれは誰の目にも破れて当たり前、ほとんど犯罪的な設計に見えます。実際に次々に破れるものですから、鼻血が出た時のように止栓をして、どんどん塞いで使わないようにして、どこのPWRでも細管の2割や3割は平気で塞いで、5割塞いでも安全です、と威張ってみたり、あるいは今度は止栓が吹き飛んで細管をぶち破るというのですからどうにも始末におえません。あの肉厚で、あの温度で、あの圧力差で、あの振動で、しかも放射線を浴び続けながら、それでもあの細管は破断しない、アメリカでは破断しても日本の鉄は優秀だ、守るも攻めるもクロガネだ、とは神風特攻隊のような話で、関電の技術陣もずいぶんと無理を言うもので、どうしてそこまでアメリカの潜水艦の設計図に義理立てするのやら、破断しないなどということはどうせ大嘘だとは誰でも知っていたことで、現にあっさりと破断してしまったというのが今回の事故です。潜水艦ならどうせ戦争ですからエンジンばかり安全に作ってもしょうがないという設計思想でしょうが、それがそほまま民生用原子炉でよいはずがありません。

アメリカがこのPWRを日本に売りつけたのは、折しもアイゼンハワー大統領がアメリカの産軍複合体の異常増殖を警告しつつケネディと交代したころのことですが、ともかくこのような経緯で開発され世界中で事故を頻発させているPWRは思想的にも実際的にも極めて不健全なシステムです。導入に当たっては、だまされたのか強要されたのか、誰かが不当に儲けたのかしたとしても、今や時効ですから、できるだけ早い時期にさっさと廃棄すべきです。そのために予定外の費用が必要ならば関電は電気料金を値上げしてでも実施すべきであって、それこそが関電が果たすべき社会的使命です。今なら誰でも納得するのですから、見方を変えれば今回の事故は関電にとって絶好の機会なのです。


◆原発廃止の戦略

私は日本から全ての原発をなくすには原発を縮小してゆこうという大きな国民的合意に達した上でなお少なくとも30年くらいかかると思います。反対運動はこういう長期のタイムスパンで日ごとの問題に対処すべきで、株主運動は良い方法だと思いますが短兵急な竹槍精神では効果は上がりません。原発をなくす方法は特別にあるわけでなく、

1.電力消費を減らす
2.シベリアの天然ガスを開発する

の2つです。これを国家的方針あるいは国民的合意として長期的に実行していくことです。このうちのシベリアの天然ガスについては今回は詳細に触れませんが、歴史の必然として共産主義の崩壊が目の前で進行しているわけで、開発の気運は高まりつつあります。

自由経済では、必要な物は存在し不要な物は消えてなくなります。発電しても使う人がいない、原子力よりも天然ガスの方が安い、となれば原発はなくなります。これではあまりにも迂遠だと言われそうですが、原発をなくす方法は現実的にはこれしかありません。ねずみの嫁入りという話がありますが、結局のところ誰が悪いのでもなく、自分たちのために大衆消費者のために原発が動いているのですから、原発反対運動は消費者運動となった時に初めて原発廃止への現実的展望を得ることができます。たとえばアルミの分別回収、紙の再生利用推進、自動販売機、ネオン、深夜テレビ、コンビニストア、残業や休日出勤を減らして電力消費を抑えるための国民的運動を草の根から起こします。あるいは石油消費を減らせば、減った分の石油で発電できますから原発への依存度を減らすことができます。最近はデパートなどでドアを開けっぱなしで冷暖房しているところがあり、その方が客の入りが良いということでしょうが、これは天にツバする行為です。もしそういうデパートを見つけたら原発反対派はすぐに「私は原発に反対で、したがって冷房中はドアを閉めてほしい」と店長に意見します。何人も何人も繰り返し意見をして帰るのです。ケンカ腰でやる必要はありません。大きなネオンで「○○フィルム」と書いてあればそこの社長に抗議の手紙を出し、宣伝すればするほど売れ行きが落ちるように運動します。使い捨てカメラなどは狂気の沙汰です。自分が不必要に夜更かし型であれば改めるし、家業が酒屋であれば自動販売機について、自分が働かずに電気に金儲けをさせて良いものかどうか考えることです。商店での過剰包装は紙のムダであり、紙は電気なのですからそういうものは断るべきです。プラスチック容器や紙パックの商品はなるべく買わない、なるべくエレベーターに乗らない、近距離は歩く、朝日新聞にはクーラーとテレビを大動員するような高校野球熱をあおらせない、そういう細かいことについて節約の心がけを大きなトレンドとして国民の間に形成して行くことが、産業と一般消費者の電力需要を1割2割と劇的に押し下げることになります。同時に電力料金も値上げして原発の償却を促進すべきです。これが原発を廃止にみちびく方法です。

石油なり原子力なりのエネルギーをどんどん注入し、風車が景気よくブンブン回ればみんなハッピーだろう、どんなもんだ、とは昔の発想で、節約をすれば景気は悪くなるけれども世の中はよくなります。そしてそのような動きはいろいろな社会運動としてここ数年の間に非常に顕著になってきており、それはたとえば女性たちが子供を産まなくなったのもたぶんそういう傾向の一部です。日本はこのまま国全体が過労死の道に進むのではなく、自律的に踏みとどまって静かな暮らしを志向していくのであって、近々、人口は減少し始めますから、政府や電力会社が見込むほどには電力需要は増加しないはずです。
反対運動はシュプレヒコール型の一見左翼風の運動に決別し、省資源、省エネルギーでなければトレンディでないという無党派のエコロジーの運動に大きく包摂されていくべきで、つまり原発反対運動は地元志向からも解放されて消費者運動となるべきだと私は思います。


◆大阪原発誘致運動

消費者運動としての原発反対運動の志向を鮮明にするために、大阪に原発を誘致する運動をすることがよいと思います。こういうことはそもそも事の始めに議論されており、つまり「そんなに安全や言うなら関電は大阪に原発をこさえたらええやないか」という議論はあったわけですが、単にレトリックとして使われただけで関電も反対運動派も現実の問題としては議論しなかったと思います。しかしこれは国民的議論をもう一度やり直す価値のあることで、実際に大阪湾沿岸から一望できるところに原発を作ってしまうことが、社会正義の実現と国民の意識の成熟のためにたいへん効果的で、やがては原発が不要になるための近道です。ドイツでは国全体が分散型で内陸的であるため、原発は交通量の多いハイウェイからよく見えるところに立っていて、人々は毎日それを眺めて暮らしています。
大阪の人々が使う電気は大阪で作るべきだとはごく自然な考え方で、冷却用海水はパイプで大阪港から引いてくればよいのですから、たとえば花博跡地などはよい立地でしょう。「いのちの塔」より原発の方が商都大阪にふさわしく、自分で使う電気は自分のところで作れという正論によって住民の説得は可能です。若狭の人々の犠牲の上に大阪の人々がクーラーで涼んでいてよいはずがありません。それでもわがままを言う人は大阪から出て行けばよいことで、それは都市の過密と地方の過疎を解消することでもあります。都市には良いことばかり、地方には原発の危険、という都会による地方の収奪が過疎過密の問題の根本にあるのですから、都会に原発を作れば少しは公平になるというものです。
若狭の人々は必ずしも原発に反対ではない、なぜなら原発のおかげで道路も良くなったし公民館もできたし学校も立派になったし、というのが関電と地元賛成派の自画自賛ですが、このような利益誘導型の取引はしょせんはウサンくさいもので、町ぐるみで賄賂をもらっているようなものです。だから事故の情報は、地元はいつも後回しにされるのです。

原発の立地を需要地からずっと遠くに引き離したのは反対運動の盛り上がりを避けるための関電の戦略で、一千万人を説得するより5万人を説得する方が楽だという、ごく当たり前の発想です。以前から大阪には黒部峡谷から電気が届いており、それは黒部峡谷を大阪に持ってくることが出来ないからですが、どういうわけか消費者は原発も持ってこられないものだと思いこんでしまっていて、おそらく反対運動派にも年月を経るにしたがって、同じ盲点ができてしまい、反原発と言えばおにぎりを持って若狭へ行くものだという習慣ができて、反対運動は関電のねらい通り消費者大衆から切り離されてきました。「若狭の原発を案じる」ことと「大阪に原発を誘致する」こととは盾の両面ですが、大阪に原発を誘致するという考え方の方が普遍的な社会正義に立脚していて、しかもなにしろ反対運動ではなくて誘致運動なのですから関電にとっても親しめる話で、株主運動と組み合わせて関電と協力してやってゆくことが出来るでしょう。大阪原発が出来て美浜が閉鎖されれば、これはあるべき姿に近づいたとも言え、関電にとっても望ましい姿ですから、この話に尻込みするようでは関電も「安全」の化けの皮がはがれてしまいます。

関電管内でバラバラに向いた、全部加算するとゼロになってしまうかも知れない全ての反原発のベクトルを「大阪原発誘致同盟」に集約し、花博跡地で誘致決起集会を開催すれば、関電広報の黒川氏を支える「何千万の需要家」は突然目覚めてこれに反発し、急遽集会に押しかけてきて「そんなものは若狭に置いとかんかい」と主張するでしょう。そこでこそ「若狭の原発を案ずる会」の人々はようやく真の敵にめぐりあえるのです。    (おわり)

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健康の理工学を考える吉岡事務所 代表 吉岡英介





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