マイナスイオン 再論 2007.08.06
マイナスイオンについて、ニセ科学批判者たちは、わざと議論を混乱させているか、自分たちの頭の中が混乱しているか、そのどちらかであるが、どちらかと言うと、自分たちの頭の中が混乱しているようである。
「水商売ウォッチング」の、天羽優子氏の直近の主張を見てみよう。
[24368] 「科学的」の意味を勉強しなおしてください
apj のコメント: 2007-08-06 01:27 :
「マイナスイオン」がニセ科学というか、科学以前の段階で止まっている理由は、
・「マイナスイオン」の化学物質としての実体と濃度が不明のままである
・そもそも、水破砕やコロナ放電といった、全く違う方法で(つまり、出来上がった化学物質は別物になるであろう方法で)作ったものが、すべて「マイナスイオン」でひとくくりにされている。
・それぞれの物質ごとについて、効果の濃度依存性が不明(まあ、物質としての実体を無視しているから当たり前ではあるが)
ということです。科学的に証明とは、ここに列挙したようなことについて、定量的な評価をすることです。
「マイナスイオン」とひとくくりにしている間は、「科学的に実証」などできませんよ。
何かと言うと、相手に向かって「勉強し直せ」「高校の教科書を読め」というのが、彼女の口癖であり精神構造であるが、自分の言っていることも、むちゃくちゃである。
マイナスイオン(英語名 negative ions)とは、以下のように分類され、位置づけられる物理的実体であり、物理的概念である。
大気中にはいろいろな微粒子が浮遊していて、そのうち帯電して浮遊しているものを総称して、「大気中の帯電微粒子」または「大気イオン」という。
これは、大気学、地球物理学、地震学などの分野で100年以上にわたって研究され、確立されてきた、測定可能な物理的実体であり、物理的概念である。
そのうちの正に帯電しているものをプラスイオン(英語名 Positive ions)と呼び、負に帯電したものをマイナスイオン(英語名 Negative ions)と呼ぶことに、非科学的な要素はまったくない。
そして、大気イオンの化学種は必ずしも特定されていないが、トータルの電荷量を測定することで、大気の変動や地球の物理や、地震予知など、いろいろな分野で、有効な実績があったのである。
天羽優子氏は、化学種を特定することが、学問として不可欠の要素であるかのように言うが、そして安井至氏もかつてそう言っていたが、そんなことは全然ない。
化学種が特定されないままでも、大気イオンという現象から学問的に何かを語ることは、いくらでも出来るのであり、先達はそうして来たし、現代の研究者もそうしている。
化学種が特定されていないことをもって、マイナスイオンがニセ科学だと言う、天羽優子氏らのニセ科学批判者たちは、科学という人間の営為についての認識において、脳幹部で何かがズレてしまっているようである。
大気イオンが発生する、その発生の仕方は、自然現象であれ人工現象であれ、放電と放射線とによるものが大部分で、それは宇宙線や雷などだが、負に帯電するマイナスイオンに限れば、そこに水破砕という方法が加わる。
ところが天羽優子氏は、作り方(作られ方)が違うものを、マイナスイオンという概念でひとくくりにすることが、マイナスイオンがニセ科学である理由だ、という。
まったくむちゃくちゃな議論である。
マイナスイオンの作り方(作られ方)として、放射線、放電、水破砕、の3通りがあるというのが、上の図である。この図に問題があるか?まったく何も問題はない。
そしてこの図を右から解釈すれば、放射線や、放電や、水破砕で、どの方法でも同じように、大気中を漂う負に帯電した微粒子が作られる、ということで、それを化学種を特定せずにマイナスイオンと総称して何が問題なのか。
からす と こうもり と ねずみ を同列に論じたならば、混乱が起きるだろう。
みんな黒っぽいね、という「まとめ方」は初歩的な観察である。
しかし、それらを温血動物という上位の概念でまとめることには、科学的な意味があるし、何の問題もない。
学問とは、このような分類を、論理立てて、系統立てて行うことから始まったのであり、それを繰り返すことで発展してきたのである。
放射線、放電、水破砕、それらの方法で作られた負に帯電する微粒子をマイナスイオンと総称することに、何の問題もあろうはずがない。
さて、ニセ科学批判者たちは、「マイナスイオンの健康効果」を、科学的実証がないまま言う人が一部にいる、だからマイナスイオンはニセ科学だ、と言っている。
確かに、その効果が科学的に実証されないまま、あたかもマイナスイオンが健康に良いような宣伝をする企業があったことは事実だろう。
しかし前にも言ったし、何度でも言うが、それを告発したいならば「マイナスイオンはニセビジネスだ」と言うべきなのであって、「マイナスイオンはニセ科学」などと、大気イオン学をおとしめるような発言をすべきではない。
それを阪大の菊池誠氏が、こう言った方がセンセーショナルだから・・・・という理由で、「マイナスイオンはニセ科学」「よくわからないけど、やっぱりニセ科学」と、インターネットでヘラヘラとしゃべり、大気イオン学をおとしめ、そこに十人程度のおべんちゃら連中が群がって、そうだ、そうだ、と騒いでいるのが現状である。
キクログでえんえんと続いている議論に、マイナスイオンが出るという松下のヘアドライヤーの話があるが、松下はそれをナノイーイオンドラヤーと名付けた。マイナスイオンという名称に、手垢がついてきたからだと思われる。
企業は、売るためにいろいろ工夫する。他社と差別化するためには、マイナスイオンという名にこだわることもない。売れる名にするだけだ。
ニセ科学批判者たちが、いつまでも、「マイナスイオンはニセ科学、マイナスイオンはニセ科学」、と唱えていても、そのうち相手がいなくなる。
それに私が呆れるのは、あれだけ延々と(ダラダラと)議論しながら、ニセ科学批判の連中の誰一人として、松下のナノイーイオンドライヤーを購入して使う者がいないことである。
まったく実証的でない、頭だけ、口先だけの連中だ。
菊池氏は、阪大教授として延々と松下をたたき続け、今でもたたき続けている。
たたくコストはゼロだと思っているようだ。代償は不要だと。
菊池氏は学生や大学院生の就職に関与していないようだ。
私が学生の頃は、京大の理系の就職は売り手市場だったが、それでも主任教授は学生の就職に奔走していた。特に博士課程を修了した先輩たちの就職あっせんには苦労していた。
いずれ阪大は、松下の阪大生の採用が相対的に減少していることに気づくだろう。
人事部だって人間だ。
同レベルなら京大生を、同レベルなら神大生を、と考えるのが人情である。
菊池氏はそんなことは気にしない。
学問の自由!というわけだ。