安保法制は憲法違反である  2

2015.06.08


集団的自衛権の行使が日本国憲法に違反していることは、初めから理屈として違反に決まっているのですが、憲法学者170人以上が違憲だという共同声明を出しましたし、国会に呼ばれた憲法学者の3人が3人とも違憲だと断定し、憲法学者が全部で189人いて、そのうちの186人が違憲だと言っているという調査もあるそうですから、学問的にも政治的にも、安保法制が違憲であることは確定したと言ってよいでしょう。

しかし安倍は衆議院の多数を持って、この法案を通そうとしているわけです。
世論なんかどうでもいい、俺が最高権力者だ、ということのようです。
しかしそれは無理というものです。

安倍は第2次政権発足当初、大好きな読売新聞社の読売巨人軍の背番号96のユニフォームを着て始球式をしてテレビに登場し、まず憲法96条を変えて憲法改定の必要賛成数を3分の2から過半数にゆるめることで、憲法改定を容易にして、それから9条を骨抜きにしようと画策しました。

しかしそんなやり方はおかしいだろ?という世論に押されて、その試みは撤回しました。

つぎにやったのが、昨年7月の閣議決定による憲法解釈の変更です。

そのために内閣法制局長官のクビをすげ替えて、異例の外務省から、集団的自衛権賛成の小松一郎氏を長官に据えて、集団的自衛権は可能だという内閣法制局の決定を引き出し、閣議決定しました。小松氏はガンで答弁がやっとでした。その後すぐに亡くなりました。

安倍は、「内閣総理大臣が任命する」と書いてあれば、すべて総理大臣の自由になると考えています。「いやいや、最終的な任命権を総理にしているのは、それが収まりが良いからであって、総理の自由になるわけではないよ」という常識は通じません。
だから日銀の総裁も自分の言うことを聞く人間にすげ替え、NHKの会長も経営委員も自分の友人で固めて、年金の運用責任者もすげ替えて年金基金を株式に投入し、私が最高責任者なんだよ、文句あるか、と言って平気です。

だから、沖縄の知事にも会いません。俺が最高権力者なんだ、知事ごときは俺の言うとおりにしろ、ということです。そんなことではやがて日本が沖縄を失うことになる、などとはまったく想像力が働きません。その結果、沖縄知事はいまや、日本政府を相手にしていません。

憲法の条文がどう書いてあろうと、解釈はいくらでも変えられて、真逆にだって解釈できるんだ、などという話がまかりとおっては、法治国家ではなく人治国家であり、王様の機嫌一つでどうにでもなる北朝鮮と同じです。

実は安倍は、そういう国が良い国だと考えています。
国民が為政者に従う、そういう国家でこそ国民は幸福になると考えています。

ですからそのために、マスコミの批判を封じ込めようと、新聞テレビの社長や著名な記者にごちそうしています。そんな会合に出席すること自体が、言論人として大スキャンダルだというのが世界中のジャーナリストの常識ですが、日本のマスコミ人はそうではないようで、うれしそうに参加して、安倍にお追従を言う者ばかりになりました。

「政権中枢にルートがあると、いい情報が取れるんだよ・・・・・」
それは政府広報と言います。ジャーナリズムとは言いません。

昨年、テレビ朝日の報道ステーションのディレクターが、福島の甲状腺ガンの特集を企画している最中に怪死した事件は、マスコミ関係者を震え上がらせました。

分かる人には分かるのでしょう。
えっっ、そこまでやるのか・・・・と。

このようにしてマスコミは、脅されたりすかされたりして今では完全に安倍に屈服しています。




これは日本の言論の自由の世界ランクの変遷です。第1次安倍内閣のときに急落し、その後復活しましたが、第2次安倍政権でさらに落ち込んでいます。現在は世界の61位ということで、G7などに偉そうに参加できる状況ではありません。まぁ、世界中から異端視されているわけです。

なぜこんなに落ちるのか。

それは安倍がそう望み、そうしようと画策しているからです。
安倍はこういう国にしたいのです。
言論の自由より為政者の自由が、国家として大事なのだ、という考えです。
だから「私にも言論の自由があるんだ」などと平気で言うのです。
ヒトラーや共産主義国家と同じ考えです。岸も同じ。国家社会主義です。
それにマスコミが屈服しました。そして自民党がみんなそれに賛成しているのです。

本題からはずれますが、民主党政権は「言論の自由は当然だ」というリベラルな政権でした。
言論を操作して自分の思う方向に向けようという、発想そのものがありませんでした。
それは民主党に集まった人々の、おそらく根本的な資質、性向なのでしょう。
ですから菅直人の時代に日本の言論は、日本国開闢以来の最高位11位になりました。
つまりマスコミは言いたい放題だったわけです。

しかしそれが政権の命取りになりました。

そのマスコミは原子力村に乗っ取られていましたから、マスコミは日本国民をだますキャンペーンを展開し、悪いのはすべて菅直人のせいだと論陣を張り、それに乗せられた国民が菅政権をつぶしました。菅政権は原発をなくして自然エネルギーに転換しようとしましたが、日本国民はこぞってそれをつぶして、安倍を迎え入れたのです。安倍は福島を放置し、原発を再稼働し、増設新設し、輸出まですると言い出しました。飯山老人とか、きのこ女史とかが、それに加担しました。


さて、本題に戻すと、

いま突然巻き起こったのが、憲法学者の反論(反乱)です。

反乱というより、これは理の当然として起きています。

3人の憲法学者が証言したのは憲法審査会という委員会です。それは安保法制を議論する委員会ではありません。そこでは憲法を改定するための議論が行われていました。そこに参考人として呼ばれた憲法学者は、憲法は改定すべきかどうか、改定するにはどういう手順を踏むのか、という議論をするために参集したわけです。

参集した憲法学者は、憲法改定に反対というわけではありません。むしろ改憲論者であり、時代に合わなくなった憲法は改定すべきだという、当然でリベラルな考えの持ち主です。

しかし、隣の部屋では安保法制を議論しているわけですから、議論が安保法制に及ぶ可能性はあったわけで、民主党の議員が、「ちょっと参考に聞いておきますけど、憲法学者のみなさんは、今の安保法制の議論はどう思われますか、合憲ですか」と質問したわけです。

正面から聞かれて、「あれは合憲です」とは、憲法学者は口が裂けても言えません
だから正直に応えたわけです。
憲法改正論者こそ、いまの解釈改憲は許せないわけです。
解釈でどうにでもなるなら、改正論議は不要だからです。

自民党の高村副総裁は「憲法学者は字面だけ見て勝手なことを言っている」と反論しました。
しかし憲法の字面を見ずに、高村はいったい何を見ろというのか。
高村は「憲法の条文よりも俺たちの気持ちを忖度しろ」と言いたいわけです。
「俺たちは愛国者なんだ」「俺たちは頑張ってるんだ」「俺たちにはこの憲法が邪魔なんだ」
と言いたいわけです。語るに落ちるとはこのことです。

また、中谷防衛相は、「憲法を、提出中の法案にどうやって合わせるかで苦心した」と答弁しましたが、これも正直と言うかバカと言うか、自民党の劣化はいまや救いがたいものがあります。


自衛隊の存在が憲法違反になる

さて、現実の問題がいろいろあります。

まず、この法案が国会で多数で成立したら、当然ですが違憲訴訟が相次ぎます。
手ぐすね引いて待っている人がたくさんいます。
憲法学者のほとんどが違憲だと言っているわけですから、最高裁の、アメリカには絶対に抵抗しないという「御用判事」たちもうっかりした判決は出せません。あまり期待は出来ませんが、違憲判決が出る可能性もゼロではないでしょう。

国会で憲法学者が「違憲だ」と陳述した法案を、国会議員の多数で成立させて、それが違憲訴訟になって、最高裁が違憲だと判断したら、それを議決した国会議員には何の責任もないのか、という話になります。国会議員が、安倍の機嫌を損ねないように陣笠のように振る舞っていただけだ、という言い訳をするなら、まったく恥ずかしい限りです

法律が成立すれば、安倍はアメリカの要請に従って自衛隊を海外に派遣します。
そこでは米軍が戦闘しているわけですから、自衛隊員にも戦死者が出ます。
敵兵を殺すこともあります。
そういうリスクは自衛隊員に負ってもらう、と安倍は国会で答弁しています。

しかしそこに違憲判決が出たらどうなるのか。

自衛隊派遣を命令した安倍に対して、殺人罪またはそれに準ずる罪が発生します。法的にはともかく、少なくとも国民感情はそうなります。「安倍に殺された」となります。安倍はその怨嗟に耐えられるのか?そんな覚悟でやっているのか?

自衛隊は志願兵ですから、いやなら辞めてよいわけです。ですから安保法制が成立したら、自衛隊入隊にあたって「この国を守るために頑張る」と宣誓した内容とは違ってきたので退職します、という隊員が相次ぐと予想されます。

自衛隊は国防のための貴重で尊い人材です。国防とはもちろん専守防衛のことです。
それを海外に派遣することで、隊員の退職が相次いで、国防が手薄になったらどうするのか。
退職がなくても、限られた人的資源を海外に送れば、国内が手薄になります。それをどうするのか。アメリカの要求を受け入れて海外に派兵し、そのために手薄になった国内に敵の侵入を許して国民が犠牲になったら、政府はどう言い訳をするのか。

ギリギリでやっていて今でも定員割れで、これからますます少子化ですから、あっちこっちに派遣する余裕はもともと無いわけですから、いったいどうするつもりか。

それよりも何よりも、これまで曲がりなりにも自衛隊は合憲だという国民の合意が形成されてきたのは、どんな国にも専守防衛の権利はある、というギリギリの憲法解釈によるわけです。
しかし、
「いやいや状況が変わったので、今日から自衛隊は海外で戦争する部隊になったのですよ、みなさん」
ということになれば、これまでの議論とコンセンサスは根底から崩れます。

すなわち自衛隊は違憲か合憲かという何十年も続けた議論の状態に戻ってしまい、つまりは

自衛隊の存在は違憲である

ということになるわけです。
海外派兵はしないことでようやく合憲なのですからそうなります。
違憲の自衛隊は解散になり我が国は国防軍を失うことになります。
まったくもってバカバカしい話です。そこまでアメリカに義理立てすることはありません。


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