勘三郎は無残に医者たちに殺された  by 近藤誠

2013.05.19

医者に殺されない47の心得

慶応大学医学部放射線科講師の近藤誠氏が「医者に殺されない47の心得」という本を書いて、ベストセラーになっています。私も読みましたが、今朝の毎日新聞で大きな広告が出ていました。71万部の売れ行きだそうです。




毎日新聞広告 2013.05.19


私は、1996年の近藤氏の著書「患者よ がんと闘うな」以来、「成人病の真実」など、同氏の著書をいくつか購入して読んでいますし、雑誌に掲載された記事もいくつか目を通してきました。ですからこの本に書いてあることは、多くは前に読んだことがあるものですが、これが71万部も売れているということは、今後の医療業界に大きなインパクトになるでしょう。

この本で紹介されている面白い話があります。以下の話です。

病院が閉鎖されたら、死亡が減った

冗談のような、本当の話があります。 1976年、南米コロンビアで医者が52日間ストをやり、救急医療以外の診療活動がすべてストップしました。
その奇妙な副作用として新聞が報じたのは「死亡率が35%も下がった」というニュース。「偶然かもしれないが、事実は事実である」と、国営葬儀協会が、キツネにつままれたような気分が伝わるコメントを発表しています。
同じ年に米ロサンゼルスでも医者のストライキがあり、17の主要病院で、手術の件数がふだんより60%も減りました。すると全体の死亡率は18%低下。ストが終わって診療が再開されると、死亡率はスト前の水準に戻りました。
イスラエルでも、1973年に医者のストが決行されました。診察する患者の数が1日6万5千人から7千人に激減。するとどうなったか。エルサレム埋葬協会は「死亡率が半減した」と伝えています。
人がいかに、行く必要もないのに医者にかかって、命を縮めているかがわかります。

健康保険をなくした方が健康になる

このように、救急医療は別として、「医者にかかって命を縮めている」のが世界の文明国の状況です。特に国民皆保険の日本はそうです。

新潟大学の岡田教授は、右の本の題名にあるように、「検診で寿命は延びない」とはっきりと言っていますし、このような情報は、良心的な医師からたくさん出されています。
しかし、そういう正しい情報はなかなか人々に届きません。

医療業界からの「くしゃみ3回 ○○3錠」とか、「あなたのかぜに、黄色い○○○」というコマーシャルもあり、「検診を受けろ、早めに医者に行け」、という厚生労働省や健康保険組合のキャンペーンもあって、人はほとんど盲目的に、検診を受け、薬局通いや病院通いをしています。それは、国民皆保険のおかげで、個人にはあまり費用がかからないからできることです。

TPPに参加すると、日本が誇る国民皆保険が崩れてしまう、と心配する向きがありますが、医者に行かない方が長生きするのですから、国民皆保険が崩れて人々が医者にかかりにくくなったら、日本人の寿命は、少なくとも「健康寿命」は伸びると思われます。

企業経営者は何も考えていないのか?

個人のレベルでは、医療業界のキャンペーンに流されてしまうのは仕方がない面もあります。
しかし企業はどうなのか?

企業は、各自あるいは業界団体で健康保険制度を持ち、保険料を支払っています。
企業は、いろいろな分野でコストパフォーマンスには厳しいはずです。
仕入れとか作業効率とか事務所の効率とか、いろいろと考えているはずです。

では、健康保険料のコストパフォーマンスはどうなのか?
経営者も人事部長も何も考えていないようです。

近藤氏や岡田氏のような見識のある人をアドバイザーにして、自社の健康保険のパフォーマンスを見直せば、相当なコストダウンになるのは間違いありません。無駄な検診をやめ、厳しすぎる「診断基準」を見直し、無駄な受診をやめ、無駄な服薬をやめ、無駄な手術をやめれば、企業のコストは下がります。

しかもそれによって、従業員はこれまでより健康になるのです。

なぜそれをやらないのか? 
なぜ企業経営者はいつまでも医療業界に貢ぎ続けるのか?
なぜ健康保険組合はいつまでも、医療業界に貢ぎ続けるのか?


勘三郎は無残に医者たちに殺された

近藤氏が歌舞伎役者中村勘三郎さんの死をどう見ているか、かねてそれを知りたかったのですが、ようやく新しい本で書いてくれました。

近藤氏はこの「余命3ヶ月のウソ」で、次のようにはっきりと書いています。





手術から4ヶ月で逝った中村勘三郎さん

どれだけくやしかっただろう。歌舞伎役者、故・中村勘三郎さんの無念を思うたび、胸が詰まります。人間ドックで食道がんが見つかり、手術からわずか4ヶ月で、肺炎から急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こして、亡くなってしまいました。
入院前日にはゴルフコンペを催して準優勝したほど、気力も体力も充実していたのに。勘三郎さんは歌舞伎界を背負って大志を抱き、舞台に燃えていました。「まだやりたいことがある。後進に伝えたいこともたくさんある。生きたい」と切に願っていました。なのに、
無残に医者たちに殺された。そうとしか言えないのです。
歴史に「もし」はない。しかし、書かずにはいられません。
もし、人間ドックを受けていなかったら。
もし、がんを見つけられていなかったら。
彼の食道がんは、一般的な増大スピードから言えば、半年から1年で2倍になったかどうか。その段階でも自覚j症状はなく、悲願だった新歌舞伎座のこけら落としにも出て、その後も演じ続けていたはずです。

(中略)

逸見さんの死のあとも、「今まで元気だった人が、がんの治療を始めたとたん死んでしまう」悲劇が、有名無名を問わず、どれだけ繰り返されてきたか。どれほど多くの人が手術や抗がん剤で命を落としてきたことでしょう。
しかし、教訓は生かされることなく20年が過ぎ去り、歌舞伎界の至宝・勘三郎さんもまた、
医者の犠牲になって、がんの治療に命を奪われてしまいました。


近藤氏は、勘三郎さんが食道がんであったこと、それがやがて命を奪うことになることを、医者として認めています。その上でしかし、がんの進行はそれほど速くはないから、こんな余計な手術をしなければ、勘三郎さんはおそらく今でも元気だったろう、新歌舞伎座のこけら落としの舞台に立てただろう、と言っています。

根本的な考え方

根本的な考え方として、人の体を傷つけることは犯罪です。これが大原則です。
しかし、例外があります。医者が治療目的でやる医療行為は犯罪ではありません。

これが、ものごとの順序です。そこから考えてみましょう。

人間ドックでがんが見つかったとします。本人には自覚症状はないとします。
医者があれこれ調べて、このがんは、今後こういう経過をたどるだろう、と予測し、
そして医者は、その予測のようにならないように、がんを切除するわけです。

しかしこれは本当に治療なのか?医療行為なのか?
もしそれで完治するなら、治療だと言えるでしょう。
しかし、勘三郎さんのような例があとを断たないのです。
本人に自覚症状はないのです。つまり症状はないのです。
しかも近藤氏が言うには、その予測はデタラメなのです。

私は、現段階では、これは医療行為ではないと考えます。
医者にそこまでの権限を与えてはいけない、と考えます。

自覚症状がないのに、検診で「がん」(のようなもの)を見つけて
勝手な予測をたてて予防的にそれを切除することは、
現段階では医療行為とはみとめられない、ということです。

医療行為のコンセプトはこのくらい厳しく制限する必要があります。
そうでないと、シロウトは医者に誘導されてしまうからでです。

改善方法

本人の自覚症状がない予防的な手術は、保険適用から外すのがよいでしょう。
本人が同意して本人が払うのなら、まぁ好きにしたらいいでしょうが、
他人の金で「予防的手術」はできないということです。

これが過剰医療への歯止めとして有効です。
しかし、医療費が減ることには医療業界が反対しますから、結局は、
人々が、過剰な医療を回避するように、自覚する必要があります。


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