菅元総理 東京講演会 会場からの報告

2013.02.18


2月12日に東京水道橋の「たんぽぽ舎」で菅元総理の講演会が開かれました。主宰者の「反原発自治体議員・市民連盟」事務局の岡田氏から、以下のレポートが阿修羅に投稿されています。

http://www.asyura2.com/13/genpatu30/msg/308.html




「東電福島原発事故〜総理大臣として考えたこと」
菅直人元総理が語る
 └────(「反原発自治体議員・市民連盟」:事務局・岡田)

 2月12日午後7時から同9時過ぎまで、スペースたんぽぽ及びたんぽぽ舎会議室で「反原発自治体議員・市民連盟」2月連続講座が開催された。2つの会場は申し込みで先着110人余りの参加者で熱気むんむんしている中、菅直人元総理が登場した。

 菅氏は、一昨年3月11日の大震災後、起きた福島原発事故に、総理として実際にどう対応し、何を考えたか、特に、東京電力と原子力保安院とのやりとりなど、非常に興味深く話してくれた。 その中から、おもだった話をここにピックアップする。


○原発事故の原因は3.11以前にあった。事故など起きるわけがないという認識のもとに何の準備もしていなかったから。さらにそう言った想定自体を拒否していたから。
○原子力安全保安院のトップは原発の専門家ではない
○事故現場で何が起こっていて何をすればよいか分からなかった。事故が拡大しているのに先が読めない不安感で一杯だった。保安院に聞いても東電に聞いてもよく分からなかったので、自身でヘリに乗って現場に赴き、現場の責任者と直接話をしようと考えた。
○事故現場では、チェルノブイリ事故の10倍20倍もの放射性物質が放出されていたことになる。
○3/23に原子力委員会近藤委員長に「最悪のケース=10の原発と11のプールが制御不能になったら」を想定してもらった結果「事故現場から半径250Kmの範囲で避難が必要」との回答に、人工にして5、000万人、東京の9割、北は青森、南は神奈川、西は新潟までの広範囲に及ぶことに愕然とした。これは、最悪の事態を考える範囲を超えていた。しかも避難したら、10年や20年は戻れないことになるとも。
○自身、以前から原発運動の皆さんと知り合ってはいたが、総理就任時は「原発は安全に運転していれば大丈夫」と考えていた。
○東電マスコミ担当者が各社を回って「総理が注水をストップ指示」と報道させたが、本当は、東電が、廃炉を恐れて止めろと言った。
○自民党森元総理のところに行って「自民党が菅内閣不信任案を提出してほしい」と進言したのは小沢氏である。
○浜岡原発の停止は、当時の海江田経産大臣が賛成してくれたので決断した。
○原子力規制委員会は、自主性・自立性が保たれているので今後そう簡単には再稼動は認めない。
○安倍政権は、再生可能エネルギーにブレーキをかけるのではと懸念している。
○以前の自民党政権時代、青森県と政府間で「六ヶ所村に使用済み燃料を運び込むが、再生処理をしない場合は速やかに県外に持ち出すこと」という契約書が作成されている。
○私の目の黒いうちに原発をゼロにしたい。

 休憩を挟んで、多くの質問が寄せられた。

被災家族から内部被曝について、原発輸出について、規制委員会のパブコメについて、山口県上関原発についてなどの質問に菅氏は丁寧に答えた。



これと同様の趣旨で3月3日夕方、大阪天王寺のクレオ大阪中央で菅元総理の講演会を開催いたしますので、関西の方はぜひお誘い合わせてご参加ください。


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