菅内閣が信任された

2011.06.03

野党提出の内閣不信任案が大差で否決されました。
理屈としては菅内閣が信任されたことになります。

記者会見で菅総理は、原発事故の収束にメドがつくまで総理を続ける、と言いました。
冷温停止の目標は来年1月ですから、それまではやるということです。


不信任して、いったい誰がこの国難を担うのか、それを誰も言いませんでした。
あんたがやめればあとはどうでもなる、と谷垣は言いましたが、無責任です。
第二党の党首である私がやる、とは言わないわけで、腰が定まっていません。

なぜ言わないか。それは、言えないからです。

言ったら、そのとたんにマスコミやインターネットで菅総理との比較が始まります。
菅総理と比較して、誰なら国民は納得するのか。

谷垣?石原?石破?・・・・小沢?鳩山?前原?・・・亀井?平沼?渡辺?・・・


この2ヶ月余り国難を背負ってきた菅総理は、ひと皮むけた感があります。
菅総理以上の力量を持つ政敵が見あたらなくなってしまいました。

菅総理が絶対的に優れているなどということは、もともとありません。比較の問題です。




自民党の石原幹事長の賛成討論は、まったくナンセンスなものでした。

http://www.youtube.com/watch?v=6WWGbxEk1nE&feature=youtube_gdata&fmt=22

浜岡の停止を国民全体が高く評価しています。トヨタもスズキも支持しています。福島のあれだけの惨状を見て、浜岡を止めるのは当たり前です。しかし自民党には、そんなことをする気もないし、できもしないことが石原弁論ではっきりしました。

菅総理はそれをやったから、国民は他の欠点には目をつぶってでも菅総理を支持しています。脱原発の流れを止めてほしくないと願っています。浜岡停止で流れが変わったということです。民主党員はそのことを感じ取っていますから、むやみに菅総理を不信任することはしませんでした。
それをヒトラーに例えるようでは、自民党はもう終わったなという感じです。


それにしても笑ってしまったのは、石原が不信任賛成弁論の最後の方で、

「早く一定のメドをつけておやめいただきたい」

と言ったことです。

は? それって、さっき代議士会で菅総理がそうすると言ったじゃないの。
それでいいなら不信任案を出す必要はありませんね。

石原 「くくく・・・菅総理が「一定のメドをつけてやめる」と言ってくれたんで、もう感激っす、そ、それでけっこうっす、オレたちは勝ったぞ、くくく」

で、いいわけですね。


週刊文春の今週号が、東電と小沢がベッタリであった過去を特集しています。
竹下登氏がが平岩外四東電会長に「小沢をよろしく」と紹介した1980年代の半ば以来、小沢は東電の支援を受けています。

それについて株式ブログのネットすずめの論評です。

http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65570904.html



今日の文春と(小沢一郎と東京電力≪蜜月20年≫)東電株の動き見る限り、自民+小沢+鳩山の内閣不信任はやっぱり東電VS菅の代理戦争だったんだろ
だって今、自民+小沢+鳩山をつなぐ利害といえば東電しかない
そして菅はここにきて発送分離やソーラーパネルについて言及しだした。
この過激な男を潰さないと東電が滅茶苦茶にされてしまう
読売、安倍、サンケイなど保守側がここんとこ急にヒステリックになったのはそれが原因だ。
逆に菅さえ引き摺り下ろせばあとは何とかなる目算だろ
そして、とりあえず鳩山が菅退陣の言質を取り付け、後場東電が10%上がった
この勝負、東電チームの勝ちと思ったがまたフリだしか
いいぞ、もっとやれw




こういう見方もあるということです。


さて、毎日新聞が西日本で100人にアンケートした結果を発表しています。











タイミングとしては、菅鳩山会談のあと、不信任案の決議の前、くらいの調査のようです。

小沢に対する検察の捜査には不当なところが多々ありますが、だからと言って市民が小沢を支持しているわけではありません。87%が「評価しない」と答えています。
小沢がやったからと言って、原発の収束に何かマジックがあるわけでもありません。
水をかけ続けて、敷地から水が漏れないようにして、何年もやるしかありません。


菅やめるな、という支持が半数もあります。「え、今やめたらあかんやろ」「ちゃっちゃとやらんかい」というのが市民の感覚でしょう。ですから、初めからこの政争は何だったのかということです。小沢、鳩山の造反を当てにした自民党、自民に乗ろうとした小沢、鳩山、両方ともどうかしています。


ネット世論では小沢待望論が根強くあるようですが、小沢の政治家としての経歴は汚辱の歴史です。国民はとっくにそれを見抜いています。今回の議決に欠席したことも、国民から見れば、「なんだよ、あいつ、またかよ」ということでしかないでしょう。

小沢は1994年に小選挙区制を無理矢理通して、国民に負の遺産を押しつけています。導入当初から強い反対があり、参議院では否決されたものを、小沢らが衆院で強引に再可決して現在に至っています。

1選挙区で1人しか当選しないようにして、党幹部の公認権による支配、資金による支配という体制を作り上げたものですから、骨のあるまともな新人が出られなくなってしまいました。小泉チルドレンとか小沢チルドレンとかの陣笠ばかりです。投票の半数以上が死票(当選者以外に投ぜられた票)になりますから、選挙に行く気にもなりません。そして選挙のたびに結果は右に左に大揺れになり、郵政1本で小泉300議席、政権交代1本で民主300議席など、政治がまったく安定しません。

正しく民意を反映できる制度に戻すべきです。
行政区にとらわれず、人口比を正し、全ての選挙区を3人区にするのがよいでしょう。



参考資料

http://www.geocities.jp/hiroseto2004/democracy/kaikenshousenkyoku.html

■ 「小選挙区制」導入論の復活
それから、しばらく経って、あるとき再び「小選挙区制」導入の動きが活発化します。それは、88年に発覚した「リクルート事件」、92年に発覚した「東京佐川事件」という汚職事件に端を発しています。このとき、政治不信が高まっていたのは、本来、政治家のモラルに対する批判でした。求められていたのは「政治資金の透明性確保」「政治家の倫理の改革」でしたが、それを「政治改革」という言葉にすり換え、いつしか「選挙制度改革」に変えていったのです。
その中心となったのが、小沢一郎氏です。彼は、「政治には金がかかり過ぎる。それは選挙区が広すぎるからだ。制度を改革し、選挙区を小さくすれば金もかからない。これが政治改革だ」と唱えました。開き直って、制度のせいにして、「改革」の美名の下に「小選挙区制」導入を志向したのです。そして、その議論に巻き込まれるように、いろんな案が出されました。



http://www.geocities.jp/clinicalpolitics/html/shosenkyoku.html

小選挙区は「天敵排除法」                      岡野加穂留
■1 「天敵排除法」の恐ろしさ

 代表制デモクラシーの存在のためには、強い反対党が必要である。
 日本は、西欧社会のように政権交換能力を持った議会主義に基礎を置く反対勢力などを排除する極めて危険な「天敵排除法」を成立させたのである。
 太平洋戦争の敗戦後は、政治的自由主義が認められ、現憲法の施行によって日本は、左翼から右翼に至るまでの諸思想の存在が認められる多元社会に生まれ変わった。
 1994年1月に、小選挙区制(衆議院可決・参議院否決)を強引に導入するまでは、49年間の間、中選挙区・単純多数一回投票制度を施行していた。この制度は、多種多様な思想や組織を政治に反映できるシステムとしての機能に有効性が有った。人が作り人が運用する制度に完ぺきなものはない。それ故に制度改革よりも、制度を悪用し、汚職・スキャンダルの泥沼に使っている政界人自体を問題視しなければならない。
だが、巧妙なすり替えの論理で、中選挙区が総て悪いというスケープ・ゴート(政治的犠牲)を仕立て上げた。
 
■2 日本には「ポリティカル・パーティー」が無い

 小選挙区制度は、戦後の日本のような組織構造をもったところでは、民主化を促進する手段にはならない。つまり、西欧社会と比較研究してみると、明らかに大きな相違点が見られる。我が国は政治改革の基本である議会制度、政党組織、選挙制度の三点を同時改革せずに、ひたすら選挙制度だけを問題視した点である(詳しくは 著『政治改革』東洋経済新報社刊を参照)。

 現代政党の自立性と民主的構造は、党員率(有権者中に占める党費納入党員の割合)によって決まる。その率を高め、専ら党費や党刊行物などで党財政の自主権を確立する努力が必要である。日本の政党は近代(現代以前)政党にもほど遠い存在なのである。日本には、団体徒党を組んで集団強訴するグループはあっても、西欧的概念での政党(ポリティカル・パーティ)は無い。西欧社会の保守主義政党を基準に考えると、自民党の規模ならば、日本の有権者総数から単純に割り出してみても、党費納入党員は少なくても、一千万人ぐらいがいないと現代政党とはいえないのである。他方、国会はあいも変わらず目に見えた改革すらしていない。デモクラシーでは、この三つの制度が有機的に絡み合う中で、適切な審議過程が展開される。選挙制度だけで改革の火の手を上げた所に、政界疑惑の意図が感じられる。また、この改革のねらい(
正確には特定グループの政治的な陰謀と言っても過言ではあるまい)を批判し、その中に含まれた政治的もくろみを読者に訴える努力を怠り、改悪の世論形成に片棒を担ぐために奔走したマスコミ・ジャーナリズムのもつ権力への迎合性も、厳しく糾弾されなければなるまい。

■3 選挙制度と政党制は関数関係

 小選挙区制は、戦後日本社会の世論を代表するには適切ではなく、多元的価値観を政治に反映するには、ふさわしい制度とは言いがたい。健全な多党制には、北欧型の大選挙区比例代表制(ラグ方式)か以前の中選挙区(単純多数一回投票方式)がふさわしい。にもかかわらず、
国会は、極めて悪質な政治的な意図を持った集団のリードで、希代の悪法を成立させたことになる。





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