菅前総理の回顧録

2012.10.28



菅前総理が回顧録を書きました。起こった事実や、判断の理由、その時の心境などを正直に記述しています。本人の考えや心境は本人が語るのが一番です。


私はこのサイトで一貫して、菅前総理の原発事故への対応が的確で果断だったこと、脱原発へ政策転換したこと、を高く評価しています。

原子力村は菅前総理を目の敵にしてマスコミなどを動かして、総理の座からひきずりおろしたわけですが、それは自分の利害ですからしょうがありません。しかし、自分の利害と関係ないインターネット世論でも、菅前総理を激しく批判する論調が目立つのは不思議です。菅前総理に対して腹を立てている人は、一度この本を虚心坦懐に読むことをお勧めします。

菅前総理の述懐で、興味深いところを2つほどご紹介しておきましょう。


事故発生当時から、常にチェルノブイリのことが頭にあったので、本書を執筆するにあたり、私と同じように地獄絵を見たはずの政治家、ゴルバチョフ氏の「回想録」を手に取ってみた。そこに書かれていたことは私が体験したことと酷似していた。何か所か引用したい(ゴルバチョフ回想録 新潮社)

「極度に否定的な形を取って現れたのが、所管官庁の縄張り主義と科学の独占主義にしめつけられた原子力部門の閉鎖性と秘密性だった。私はこのことについて1986年7月3日の政治局会議で言った。「われわれは30年間あなたたち、つまり学者、専門家、大臣から原発はすべて安全だと聞かされてきた。あなたたちも神のごとく見てほしいというわけだ。ところがこの惨事です。所管官庁と多くの科学センターは監督外に置かれていたのです。全システムを支配していたのは、ごますり、へつらい、セクト主義と異分子への圧迫、見せびらかしと、指導者を取り巻く個人的、派閥的関係の精神です」

ほとんど日本の現状と同じである。この事故から5年後にソ連は崩壊した。



核反応を制御することは、外殻電子レベルのケミカルな存在でしかない人類には無理な技術で、「一滴も漏らしてはいけないプラント」などできるはずもないわけですが、それが「できる」とウソをつく、ある確率で事故が起きるのは当然なのに、「事故は起きない」とウソをつく、そのようにウソをつかないとできない技術が原子力で、それが官僚主義と結びつくとこうなるわけです。

それでも米英仏などの先進国は個人主義が発達していて、信賞必罰が確立されていますから、まだしもうまく運転できるのですが、ソ連や日本のような、人々の意識が低く官僚主義がはびこり、長いものには巻かれろの「後進国」では、原子力という「ウソ技術」はどうしても、ごますり、へつらい、セクト主義、圧迫、派閥・・・・こうなってしまうのです。

「ほとんど日本の現状と同じである」と言う総理が見たものは、原子力委員会であり原子力安全委員会であり、保安院であり、東電であり、原発利権の政治家です。

もうひとつは浜岡の停止に関する以下の記述です。(抜粋)


思案していたところに海江田経産大臣から(浜岡を)止めたいと言ってきた。経産省はあれだけの事故を目の当たりにしながらも原発推進の方針を変えていなかった。その経産省の事務方がよく了解したものだと驚いた。
しかし実は経産省は一つのシナリオを描いていたようだ。原発事故後は、定期点検のために停止している各地の原発の再稼働は困難な状況だった。そこで、「浜岡は危険だから止めますが、他は安全だから再稼働させます」というシナリオを書いていたようだ。
海江田大臣はすぐにでも記者会見をしたいというので、それをいったん止め、重要な問題なので総理である私が記者会見をすることにした。経産省が用意していた会見内容では、明らかに、「浜岡は危険だから止めるが他は安全なので再稼働も含め稼働し続ける」と受け取れるものだった。私は他の原発には触れないで次のように発表した。

中略

私がこのような会見をしたことで、再稼働問題は経産省が書いたシナリオとは異なる方向に進んでいく。
浜岡の件では、私が自ら会見を行い、経産省の狙いをひっくり返したので、次の九州電力の玄海原発では、経産省側は私に相談なく既成事実を積み上げていった。そのため、私と海江田大臣との関係がぎくしゃくすることとなった。

5月6日に浜岡原発を停止させ、私が脱原発の姿勢をはっきりさせ始めた頃から、私に対する攻撃が激しくなってきた。その第一弾が「海水注入問題」だ。5月21日に読売新聞や産経新聞が「菅総理大臣が海水注入をストップさせたためにメルトダウンが起きた」という趣旨の記事を掲載した。

究極の「菅降ろし」が6月2日に提出された「菅内閣不信任案」であった。脱原発の姿勢を明確にした私に対し、民主党の小沢元代表は自民党の森喜郎元首相に、不信任案を出せば小沢グループは賛成すると言って、もちかけた。2012年7月7日の産経新聞のインタビューによると、小沢氏は森元首相に連判状を突き付けて、「自民党が不信任案を提出したら俺たちも乗る。菅内閣を倒したら谷垣総裁を首相指名して大連立だ!」と言ったとある。


浜岡停止のとき、脱原発派を名乗る人々からも、「なぜ浜岡だけなのか、全部止めろ」[止めたって燃料プールがあるから安全ではない」などとイチャモンがあったものですが、ものごとは一歩一歩進めなければなりません。
菅前総理が経産省の意図をくじいたのは事実でしょう。その後の玄海については、菅前総理はギリギリでストレステストを言いだして再稼働を止めましたが、浜岡以後は菅前総理はカヤの外に置かれていたというわけです。

さらに、政局について生臭い話を書いています。

海水注入問題というガセネタを取り上げたのは安倍晋三現自民党総裁です。
不信任が不発に終わった小沢氏はその後、民主党から出てゆきました。


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