原発とお金 3題話 その3 地元への金

2011.09.08


原発と金についての最近の3つの話題の、その3です。

九州電力が地元の玄海漁連の負債を肩代わりしていたことが報じられています。

毎日新聞 9月7日
http://mainichi.jp/seibu/shakai/news/20110907ddp001040002000c.html


九州電力:佐賀・玄海漁連の負債7億円肩代わり 
プルサーマル開始09年から
◇13漁協分 「もたれ合い」鮮明


九州電力が玄海原発(佐賀県玄海町)の地元13漁協が加盟する佐賀県玄海漁連に対し、加盟漁協と漁連が抱える負債7億円の返済を肩代わりしていたことが分かった。肩代わりは漁連側が要請し、09年度に始まった。九電も「玄海原発の安全運転に対する長年の協力を踏まえ協力した」と認めているが、公表していなかった。09年には玄海原発で全国初のプルサーマル発電が始まった。電力会社による立地地域への不明朗な懐柔策と、原発マネーに依存する漁連のもたれ合いが浮き彫りになった。

玄海漁連などによると、漁連が九電に肩代わりを依頼したのは09年5月。これに対し九電は、各漁協や漁連が過去約10年間に水産関連施設を新設・改修した際の借入金などのうち最大7億円分の肩代わりを約束した。名目は「地元の水産振興のため」で、期間は09年度から3年間とした。肩代わりは09、10年度の2年間で既に4億6000万円に上っている。

漁連本体と加盟13漁協では、水産関連施設のための長期借入金の増大などにより年々経営が悪化。各団体の業務報告書によると、九電の肩代わりが始まる直前の08年度末時点で、漁連と13漁協の負債は計25億6000万円に上っていた。

漁連は漁協の生き残りを図るため、08年ごろから13漁協の合併協議を推進。しかし、組合員には赤字漁協同士の合併で負債が膨らむことへの懸念が強かった。漁連側は「各漁協の負債が合併の障害だったので、原発の地元と電力会社の共存共栄のため九電に(肩代わりの)支援をお願いした」と説明する。

漁連と各漁協は九電の肩代わり分を事業外収入の雑収益に計上。08年度は1億9800万円だった雑収益の合計は、09年度に4億9500万円、10年度は4億1900万円に急増した。

一方、10年度末の負債合計は08年度末から4億7000万円減った。負債の減少が弾みになり、13漁協のうち8漁協が来年4月の合併で合意した。

プルサーマルを巡っては、玄海漁連の一部加盟漁協が05年5月と9月、導入反対の海上デモを実施していた。

九電は「玄海漁連から支援要請があり、玄海原発と唐津市の火力発電所の安全運転への長年の協力を踏まえ、漁業振興策として協力している。相手方(玄海漁連)を考慮し公表しなかった」と話している。【夫彰子】



庶民が支払った電気料金の一部は、このように使われています。
大なり小なり、こういうことは全国の原発立地で行われてきました。

原子力安全委員長のマダラメ氏は、安全委員長がどうしてそんなことを言うのかまったく理解できませんが、「最後は金ですよ」と言いました。それが原子力関係者の精神風土です。





1983年、当時の福井県の敦賀市の高木市長は、地元での講演会で次のように言っています。
当時の録音を、ノンフィクション作家で評論家の内橋 克人氏が文章に起こして、著書 「原発への警鐘」 講談社文庫に収録したものです。


只今ご紹介頂きました敦賀市長、高木でございます。えー、今日は皆さん方、広域商工会主催によります、原子力といわゆる関係地域の問題等についての勉強会をおやりになろうということで、非常に意義あることではなかろうか、というふうに存じております。…ご連絡を頂きまして、正しく原子力発電所というものを理解していただくということについては、とにもかくにも私は快くひとつ、馳せ参じさせて頂くことにいたしましょう、ということで、引き受けた訳でございます。

……一昨年もちょうど4月でございましたが敦賀1号炉からコバルト60がその前の排出口のところのホンダワラに付着したというふうなことで、世界中が大騒ぎをいたした訳でございます。私は、その4月18日にそうしたことが報道されましてから、20日の日にフランスへ行った。いかにも、そんなことは新聞報道、マスコミは騒ぐけれど、コバルト60がホンダワラに付いたといって、私は何か(なぜ騒ぐのか)、さっぱりもうわからない。そのホンダワラを1年食ったって、規制量の量(放射線被曝のこと)にはならない。そういうふうなことでございまして、4月20日にフランスへ参りました。事故が起きたのを聞きながら、その確認しながらフランスへ行ったわけです。ところがフランスまで送られてくる新聞には毎日、毎朝、今にも世の中ひっくり返りそうな勢いでこの一件が報じられる。止むなく帰国すると、“悪るびれた様子もなく、敦賀市長帰る”こういうふうに明くる日の新聞でございまして、実はビックリ。ところが 敦賀の人は何食わぬ顔をしておる。ここで何が起こったのかなという顔をしておりますけれど、まあ、しかしながら、魚はやっぱり依然として売れない。あるいは北海道で採れた昆布までが…。

敦賀は日本全国の食用の昆布の7〜8割を作っておるんです。が、その昆布までですね、敦賀にある昆布なら、いうようなことで全く売れなくなってしまった。ちょうど4月でございますので、ワカメの最中であったのですが、ワカメも全く売れなかった。まあ、困ったことだ、嬉しいことだちゅう…。そこで私は、まあ魚屋さんでも、あるいは民宿でも100円損したと思うものは150円貰いなさいというのが、いわゆる私の趣旨であったんです。100円損して200円貰うことはならんぞ、と。本当にワカメが売れなくて、100円損したんなら、精神的慰謝料50円を含んで150円貰いなさい、正々堂々と貰いなさいと言ったんでが、そうしたら出てくるわ出てくるわ、100円損して500円欲しいという連中がどんどん出てきたわけです(会場爆笑、そして大拍手?!)。

100円損して500円貰おうなんてのは、これはもう認めるもんじゃない。原電の方は、少々多くても、もう面倒臭いから出して解決しますわ、と言いますけれど、それはダメだと。正直者がバカをみるという世の中を作ってはいけないので、100円損した者には150円出してやってほしいけど、もう面倒臭いから500円あげるというんでは、到底これは慎んでもらいたい。まあ、こういうことだ、ピシャリとおさまった。

いまだに一昨年の事故で大きな損をしたとか、事故が起きて困ったとかいう人は全く一人もおりません。まあ言うなれば、率直に言うなれば、一年一回ぐらいは、あんなことがあればいいがなあ、そういうふうなのが敦賀の町の現状なんです。笑い話のようですが、もうそんなんでホクホクなんですよ。

…(原発ができると電源三法交付金が貰えるが)その他に貰うお金はお互いに詮索せずにおこう。キミんとこはいくら貰ったんだ、ボクんとこはこれだけ貰ったよ、裏金ですね、裏金!まあ原子力発電所が来る、それなら三法のカネは、三法のカネとして貰うけれども、その他にやはり地域の振興に対しての裏金をよこせ、協力金をよこせ、というのが、それぞれの地域である訳でございます。それをどれだけ貰っているか、を言い出すと、これはもう、あそこはこれだけ貰った、ここはこれだけだ、ということでエキサイトする。そうなると原子力発電所にしろ、電力会社にしろ、対応しきれんだろうから、これはお互いにもう口外せず、自分は自分なりに、ひとつやっていこうじゃないか、というふうなことでございまして、例えば敦賀の場合、敦賀2号機のカネが7年間で42億入ってくる。三法のカネが7年間でそれだけ入ってくる。それに「もんじゅ」がございますと、出力は低いですが、その危険性……、うん、いやまあ、建設費はかかりますので、建設費と比較検討しますと入ってくるカネが60数億円になろうかと思っておるわけでございます…(会場感嘆の声と溜息がもれる)。

…で、実は敦賀に金ケ崎宮というお宮さんがございまして(建ってから)随分と年数が経ちまして、屋根がボトボトと落ちておった。この冬、雪が降ったら、これはもう社殿はもたんわい、と。今年ひとつやってやろうか、と。そう思いまして、まあたいしたカネじゃございませんが、6000万円でしたけれど、もうやっぱり原電、動燃へ、ポッポッと走って行った(会場ドッと笑い)。あっ、わかりました、ということで、すぐカネが出ましてね。それに調子づきまして、今度は北陸一の宮、これもひとつ6億で修復したいと、市長という立場ではなくて、高木孝一個人が奉賛会長になりまして、6億の修復をやろうと。今日はここまで(講演に)来ましたんで、新年会をひとつ、金沢でやって、明日はまた、富山の北電(北陸電力)へ行きましてね、火力発電所を作らせたる、1億円寄付してくれ(ドッと笑い)。これで皆さん、3億円既に出来た。こんなの作るの、わけないなあ、こういうふうに思っとる(再び笑い)。まあそんな訳で短大は建つわ、高校は出来るわ、50億円で運動公園は出来るわね。火葬場はボツボツ私も歳になってきたから、これも今、あのカネで計画しておる、といったようなことで、そりゃあもうまったくタナボタ式の街づくりが出来るんじゃなかろうか、と、そういうことで私は皆さんに(原発を)お薦めしたい。これは(私は)信念を持っとる、信念!

……えー、その代わりに100年経って片輪が生まれてくるやら、50後に生まれた子供が全部片輪になるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、今の段階では(原発を)おやりになった方がよいのではなかろうか…。こいうふうに思っております。どうもありがとうございました。(会場、大拍手)


1960年代後半、関西電力は原発を和歌山の那智勝浦に作ろうとしていて、私たちは京大から反対運動に出かけたものです。むろん町の人も断固反対でしたから、関電も引き下がって、勝浦に建設することはなくなりました。

その後、関西電力の原発は、すべて若狭湾に建設されることになり現在に至っていますが、市長が率先してこれでは当然のなりゆきでしょう。

この市長は特別な人かも知れませんが、事の本質は玄海原発も同じです。原発の立地市町村はどこも同じです。誰も原発に賛成しているわけではありません。国策に協力しているんだと言ってもそれは建前で、本音は、原発が持ってきてくれる「金」がほしいのです。

過疎に悩む町、産業のない町で、その気持ちはやむを得ない面もあるでしょうが、そんな町でも、そんな金は要らない、先祖伝来の土地や海を子孫に残せ、と言って反対した人もいますし、反対運動が成功して原発を拒んだ市町村もあります。




しかし、福島の事故で状況は一気に変わりました。

国民世論は圧倒的に脱原発となり、野田政権も最終的にはその方向で、耐用年数が来たものから廃炉にする方針だからです。

立地市町村が原発から得られる収入は、あと5年、あと10年で、次々になくなります。

じゃぁ、どうするか。

それでも原発をやるのか?点検後の再稼働を認めるのか?
金がもらえるうちは事故のリスクを引き受けるのか。
地元の選択がせまられます。


むろん世論の動向を見てのことですが、最後は県知事が決めることになります。




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