福島事故の概要


2011.10.03


福島原発の事故から半年以上がたちました。何が起こったのかを、まとめておきましょう。






これは2011年6月9日の毎日新聞の「まとめ記事」にあった画像です。

上の図は右から1号炉、2号炉、3号炉、4号炉のイラストです。
下の図は6月現在の原子炉建屋の上空からの写真で、右から1号炉、2号炉、3号炉、4号炉で、上の図に対応しています。


主な経過は次の通りです。

3月11日  地震発生  主電源鉄塔倒壊 
        1時間後に津波襲来 非常用電源喪失  全電源喪失
3月11日  午後7時 1号炉 炉心損傷始まる
3月12日  1号炉 水素爆発
3月13日  午前9時 3号炉 炉心損傷始まる
3月14日  3号炉 爆発
        午後8時 2号炉 炉心損傷始まる
3月15日  2号炉 格納容器破裂
        4号炉建屋で火災


1号炉の経緯

地震発生時、1号炉は運転中でした。5階のプールには使用済み核燃料が保管されていました。
地震発生と同時に圧力容器(だるま型の格納容器の中にある容器)に底部から制御棒が挿入されて原子炉の連鎖反応は停止した、ということになっています。

この型の原子炉(沸騰水型原子炉:Boiled Water Reactor BWR)では、高圧の圧力容器の底部に穴が開いていて、そこから制御棒を出し入れします。この構造がこの型の原子炉の欠陥で、誰もが指摘していることです。
簡単な話で、底部に穴を開けたら何かの拍子に水が漏れるだろうし、また何かの拍子に制御棒そのものだって落下するだろうということです。それが重力の法則です。そんなものは上から入れろよという話で、実際に制御棒の脱落事故は各地の原発で頻発しています。

地震が起きて、制御棒が挿入されて、炉は粛々と停止した、というのが東電の説明です。
しかしそれは東電が言っているだけで、そのまま信用はできません。

福島第1の1号炉は、GE製の40年前の老朽原子炉で、昨今の地震に対応するような耐震構造はゼロに等しいですから、地震でガタガタになったと思われます。実際に、配管があちこちで破れて、高圧の蒸気や水が噴き出し、あわてて逃げたという作業員の証言が複数あります。

東電からは津波が来るから退避したという説明がありましたが、津波が来るまではまだ30分以上あり、しかも、来るかどうか誰もが半信半疑で、たとえ来ても福島は津波対策は万全だ(東電)ということでしたから、作業員が津波に備えて退避したはずはありません。

その後、1号炉の建屋で水素爆発が起こりました。

マダラメ原子力安全委員長は菅総理と福島に向かうヘリの中で、ベントをしろと言うばかりで、水素爆発はしない、と断言していたそうですが、その数時間後に1号炉の建屋は水素爆発で吹っ飛びました。

東電のその後の発表で、1号炉の炉心は3月11日午後7時(地震から4時間半後)に損傷が始まったということです。冷却水を失えば、数時間で炉心溶融が始まることは、東電もシミュレーションで知っていましたから、意識的に数ヶ月も隠していたということです。

ベントができたのかどうかについては、結局、東電の発表は定かではありません。

地震で圧力容器とタービンを結ぶ配管経路のあちこちが破断して、圧力容器内で冷却水が失われて、炉心の温度が急上昇して、炉心はメルトダウンしました。圧力容器から高圧の蒸気とともに水素も格納容器に漏れだして、格納容器も地震で壊れて密閉状態は破れていたので、水素はしだいに建屋内部に充満したと思われます。それが酸素と化合して爆発しました。

マダラメ委員長は、配管はすべて無事であるという、原子力ムラの勝手な想定にもとづいて、下手な考えをめぐらしていただけで、建屋が爆発するなど想定外だったということです。

メルトダウンした燃料は、圧力容器底部から格納容器にポタリポタリと漏れ落ちて、外部から注入される水で冷やされて、格納容器底部に鍾乳洞の石灰岩のようにたまっていると思われます。

東電が、「圧力容器に水を注入する」というので、いったいどうやって閉ループに水を入れるのだろうと不思議に思いましたが、どこかのバルブを開けて消防車の消防ポンプで注入するということでした。
しかし当たり前のことですが、どこかから水を入れれば、どこかから抜かなければなりません。
一部の学者は、新たに閉ループを作ってグルグル回して、それを2次回路で冷却して・・・・などと言っていましたが、そんなことが出来る状況ではありませんでしたし、今でもできません。

結局、入れた水をどこから抜くかを東電は何も言いませんでした。

その後東電は「原子炉建屋地下で大量の汚染水が見つかった」などとビックリした顔で発表しましたが、そうなるのは当然です。福島の原発はいまや配管など有っても無いのと同じ状況で、原子炉建屋自体がタライのように、グチャグチャになった核燃料の冷却水槽になっています。

外部から水を注入すれば、必ずそうなりますから、当時私は「水処理を急げ」と言っています。
http://www.minusionwater.com/mizushori.htm




2号炉の経緯

2号炉も運転中でした。5階のプールには使用済み核燃料が保管されていました。地震発生と同時に圧力容器に底部から制御棒が挿入されて反応は停止した、ということになっています。

東電の発表では2号炉は3月14日の午後8時頃に、炉心の損傷が始まったとのことです。もしそれが正しいなら、1号炉に比べて冷却水の保持時間が長かったということで、配管の損傷が少なかったのでしょう。

しかし、やがて冷却水は失われ、炉心損傷が始まってメルトダウンが起こり、圧力容器の底部にむきだしの核燃料がたまり、それがさらに溶け落ちて格納容器の底部にたまりはじめました。

1号炉でベントが行われたかどうかよくわかりませんが、2号炉は時間的余裕があったので、おそらくベントは行われたと思われます。

ベントができたので、建屋内に水素が漏れることがなく、1号炉のような建屋の水素爆発が避けられたのでしょう。 しかし一方、1号炉の教訓から、2号炉の建屋には穴が開けられて水素が逃がされたという説もあります。誰がどうやって穴を開けたのか? あのころ自衛隊の戦車が1台、「ガレキ処理」という名目で原発の敷地内に入りました。ガレキに戦車? なんで1台だけ?と不思議でしたが、戦車砲で穴を開けたのではないか、という噂が当時ありました。

いずれにせよ、ベントが行われたときすでに、圧力容器内の水蒸気は、損傷した核燃料によって高濃度に汚染された水蒸気になっていました。


また、圧力容器から漏れる高圧の水蒸気で、格納容器の圧力が高まり、3月15日に圧力抑制室の部分で、大音響とともに破裂が起こりました。

各地で検出された大量のヨウ素やセシウムは、2号炉のベントおよび格納容器の破裂によるものではないかと思われます。また、1号炉と2号炉の共通のベント排気管から10シーベルトの超高濃度の汚染源が見つかったのは、2号炉のベント時に放出された核燃料ではないかと思われます。



3号炉の経緯

3号炉も運転中でした。5階のプールには使用済み核燃料が保管されていました。地震発生と同時に圧力容器に底部から制御棒が挿入されて原子炉の連鎖反応は停止した、ということになっています。


3号炉についてはすでに「3号炉の爆発は核燃料か」でアメリカのグンダーセン氏の見解を紹介しています。
http://www.minusionwater.com/3unitexplosion.htm


東電の発表では3月13日の午前9時に炉心損傷が始まったということです。



東電は1号炉も3号炉も水素爆発だと言っていますが、東電の言うことは信用できません。
上図のように1号炉の爆発(水素爆発)と3号炉の爆発は、その様相が明らかに違います。

3号炉の爆発の特徴は強い発光と急速な上昇気流です。
8秒間で煙が500メートルまで達しています。

核の爆発では、水素と酸素の化合という原子の周囲の電子レベルでの化学反応とは比較にならない強いエネルギーが、原子の中心にある核の中から出ます。その結果、爆発すると最初に強い光が出て、次に周囲の空気が急激に熱せられて「火の玉」となって急上昇します。

それが「きのこ雲」です。

3号炉の爆発は、核の爆発によく似ています。
核燃料が満載になっているところで爆発が起こり、その様相が核爆発に酷似しています。
東電はそれを水素と酸素とが化合しただけだと言います。

核爆発ならもっと規模が大きいのではないかという疑問がありますが、爆発の規模は臨界に達した核燃料の量によります。原子炉の核燃料は濃度が薄いのでふつうは爆発しませんが、核燃料が燃料棒から溶け出してグチャグチャになってしまえば、数十グラムが集まって臨界になるということはあり得ます。

3号炉は福島県の佐藤雄平現知事が、県民の反対を押し切って強引に受け入れたプルサーマル燃料を昨年の10月から燃やしていますから、プルトニウムが多くなっています。そのことも爆発と関係があるかも知れません。

アメリカのグンダーセン氏は、水素爆発によって核燃料プールの核燃料が爆縮されて臨界に達して爆発したのではないかと推測しています。

3号炉の爆発は世界中でテレビ中継されましたが、日本ではほとんど放映されませんでした。


4号炉の経緯

4号炉は定期点検中で運転されておらず、核燃料は原子炉から抜かれてすべて5階の核燃料プールに保管されていました。点検中だから大丈夫だろうと、しばらく放置されていた感じでしたが、15日に火災が起こりました。燃料プールの水が抜けたせいでしょう。運転していない原子炉でも、人の制御から外れればこうなるということです。

その後、燃料プールは外部からクレーン車で注水されています。

核燃料がすべて5階にあるということで、建屋の上部が重くなっているせいか、または地盤そのものが地震で傾いたせいか、建屋が傾き始めていて、東電はいま支柱を立てて支えています。
建屋が倒壊すると、核燃料が地面にバラバラにころがって、近づけませんし、冷却もできませんから、燃料棒は溶融して放射能の垂れ流しになります。

このまま建屋を支え続けて、水を入れ続けるしかありません。


冷温保持


東電と政府は「冷温停止」を目指していますが、「停止」とは「運転」に対する反対語です。
停止とは、定期点検や緊急時などで、発電能力を維持しつつ発電を中止するという意味で、そういう意味で原子力の用語としてあります。

しかし、今の福島の状況は、上述したように、グチャグチャになった核燃料に水をかけているだけです。発電プラントなどと呼べるものは存在せず、知らない人が見れば「いったいこれは何だったんですか?」という状態です。

ですから、「冷温停止」などという紛らわしい表現をすべきではありません。こんなもののどこが冷温停止でしょうか。摂氏100度を下回ったのは「冷温」ではあるでしょうが、プラントは「停止」しているのではなく、「ぶっ壊れている」のですから、冷温停止ではありません。

それに、「冷温停止」は国民をあざむく表現です。
「冷温停止しました」と政府が発表したら、国民はもう終わったと思ってしまうでしょう。

「冷温保持」と呼ぶのが事態を正しく表しています。原発の残骸を、毎日毎日、水をかけながら冷温保持しているのです。保持していると言えば、自然に「いつまで?」という問いが出てきて、保持が終わるまで国民の意識に残ります。

いま   「福島は?」「冷温保持中です」
10年後 「福島は?」「冷温保持中です」
20年後 「福島は?」「冷温保持中です」
30年後????50年後????
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