国会事故調の官邸批判は不当

2012.07.11


前項で述べたように、国会事故調の基調は核発電推進です。

そして国会事故調は、その方策の一つとして、報告書の中で菅前総理をおとしめて、それをマスコミに餌として投げ与えて大々的に報道させて、脱核発電の流れを止めようとしています。

しかしそもそも国会事故調の役割は、事故の原因を解明することであり、事故後の対応がどうだったかを調べることは本来の職責ではありません。仮に事故後の対応を調査して報告書に書くにしても、事実を述べるにとどめるべきであり、事故調は、「あれは良かった、これはダメだった」などと主観を述べる立場にはありません。

なぜ、言わずもがなのことを言うのか、そこに国会事故調、なかんずく黒川委員長の意図、あるいは背後関係が見えます。

3月14日から15日にかけての「東電全面撤退」と、それを押しとどめようとした菅前総理とのせめぎ合いについて、新聞は事故調の報告書を次のように報道しています。

(毎日新聞 7月6日 朝刊)





事故調は「全面撤退は官邸の誤解」と言い切って、それがマスコミの見出しになるように誘導し、官邸に非があったかのような印象を与えています。

しかし、中を読むと、「官邸に誤解を与えたのは東電の清水社長である」となっています。

これが「事実」です。
清水は官邸に何を伝えたのか。

私たちは社内研修でよく、
伝えたことが伝わったことではなく、伝わったことが伝えたことである
と言ってお互いを戒めています。

東電の清水社長から官邸に伝わったのは「東電全面撤退」でした。
それが伝わったことであり、すなわち、清水が官邸に伝えたことなのです。

それが「事実」なのです。

後から関係者に取材して、「実は東電には全面撤退の意図はなかった」ことが、仮に判明したとしても、それをもって「だから菅前総理の早とちりだ」と結論づけるのはフェアーではありません。


実際は全面撤退しようとしていた

しかし事実は、東電は全面撤退しようとしていたのです。

それは、記事中の吉田所長の証言ではっきりしています。吉田は次のように言っています。

吉田
 「最後は、昔から知っている10人くらいは一緒に死んでくれるかなと考えた」
 「現場を放棄するなど一度も考えたことはない」


事故調は、この吉田証言などをもとに、「必要最低限の人員を残すのだから全面撤退ではない」と結論しています。

しかしこれは、実に皮相な見方で、間違った見方です。
菅前総理の発言と比べてみましょう。

菅前総理 
 「このままでは日本は滅亡だ。撤退などあり得ない」
 「60歳になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」


吉田の「死ぬ気」と 菅の「死ぬ気」の違い

吉田の「死ぬ気」と 菅の「死ぬ気」は、まったく別のものです。 どう違うのか。

菅前総理は、「何としても事態を収拾し日本を救うために、お前ら死ね、俺も死ぬ」と言ったのです。

しかし吉田所長は、「もはやこれまで、城を枕に討ち死にしよう」と言っているだけです。
10人残っても何もできません。事態は放置されて日本は滅亡です。
それは全面撤退と同じです。沈む船に船長だけ残りましたというのは美談なのかも知れませんが、船は沈んでしまうのです。

そもそも、東電や吉田と、菅前総理とでは立場が違い覚悟が違います。菅前総理の双肩には「日本」がかかっていました。東電や吉田には会社や個人の命しかかかっていません。せいぜい、「死んでお詫びをします」くらいのことです。

菅前総理は絶体絶命の窮地に、座して死を待つのではなく、「城から討って出るぞ、者ども続け」と突撃命令を下しているのです。

吉田は、早々と事態をあきらめて死のうとしました。
菅は、あきらめるな、最後まで戦え、死ぬのはそれからだ、と言ったのです。

この一瞬で、菅前総理は日本を救いました。

これを事故調は

「全面撤退はもともと菅前総理の誤解だから、菅前総理がいなければ日本は深刻な危険にさらされたというストーリーも不自然だ」と切って捨てています。

事故調には、菅前総理をおとしめようとする邪悪な意図があります。


海水注入のドタバタ

海水注入のドタバタ劇について、報告書は武黒が吉田にかけた電話の内容を明らかにしています。




これはすでに明らかになっていたことですが、菅前総理が海水注入を妨げたなどという事実はまったくありません。

官邸に詰めていた武黒という東電の技術幹部が、菅前総理と斑目安全委員長との会話を横で聞いていて、その場から吉田に電話して海水注入をやめさせようとしたわけです。

この時、菅前総理は「海水注入しても、どうですか、再臨界とかしないんでしょうね」、と斑目に聞いたら、爆発しないと言った数時間後に1号炉の建屋が爆発してウロたえていた斑目が、こんどはアツモノに懲りてナマスを吹くで、「いや、確率はゼロではありません」と答えたものだから、ひと悶着していたわけです。真水が海水になったからと言って、再臨界とはまったく別の話ですから、斑目は「ない」と答えればそれで良かったわけですが、なにしろ、「ない」と言ったとたんに爆発してしまった前科があるので、ムニャムニャと適当なことを言ってその場をごまかそうとしたわけです。

この話を安倍晋三という自民党の核武装論者が聞きつけて、聞きつけてと言っても、武黒が自分でリークしなければ誰も知らない話ですが、それを材料に国会で、菅前総理が海水注入を止めた、けしからん、官邸の過剰介入だ、と追及し、マスコミも掻き立てたわけです。しかし最後のオチは、吉田は上司の武黒を適当にあしらって海水注入を続けていたということでした。

しかしこの話もまた、「官邸の過剰介入」として国民の意識に刷り込まれてしまっています。

そもそも、この大事に東電に責任者がいない。
会長も社長もどこに行ったか、本社にいない。
官邸から、どうなってるんだ、と聞いても返事がない。
ベントしろ、と言って半日たってもベントしない。
なぜしないのか、と聞いても誰も返事しない。
どんどん炉の圧力は高くなってくる。
こんなんでやってられるか、俺が見てくる、と、
夜明けを待って菅はヘリで福島に飛んだ。
冷却できずベントもできない原発は、いつ吹っ飛ぶか分からない。
それを承知で菅は行き、現場を見て吉田を知った。
同時に津波の被災地も上空から見た。

この行動のどこが悪いのか、素晴らしい指揮官ではないか、と私は当時から感心しているのですが、なぜか人はこれが気に食わないようで、菅はけしからん、最高責任者として失格だ、という話が湧き上がり、「菅おろし」が始まりました。

事故調は報告書で、再びこれらの間違ったエピソードを蒸し返して、「官邸の過剰介入」があった、「官邸の政治家」が悪い、と国民に刷り込もうとしています。


重要な勝俣証言

しかしながら事故調の公開ヒヤリングで、勝俣会長は最後に、「官邸の過剰介入が事故の処理を混乱させた事実はあるか」という、きわめて意図的な「誘導尋問」に対して、「それはなかった」とはっきりと答えています。

これは重要な証言ですが、マスコミは取り上げません。

勝俣会長は、官邸の過剰な介入で何かが混乱したとか対応が遅れたということはなく、菅前総理が東電に乗り込んできて福島と常時つながっているテレビルームを「発見」し、その場でそのテレビルームを本部として「事故対策本部」を作り、本部長に菅前総理自身が就任し、副本部長に海江田と勝俣、という布陣を決め、細野をテレビルームに常駐させる決断をしたことが、その後の事故収拾をスムーズにした、非常に良かったと証言しています。

総理が民間企業に乗り込むことは超法規的で、ましてや民間企業の一室に総理をヘッドとする組織を作るなど、そんなことが出来る法律などどこにもありませんが、菅前総理はそれを断行し、実にそれもまた的確で効果的な方策であったわけです。

東電に乗り込んだ3月15日の未明に、

菅前総理 
 「このままでは日本は滅亡だ。撤退などあり得ない」
 「60歳になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」


という例の発言があったわけですが、同時にその場で、現実の方策として対策本部が作られ、菅前総理自ら「俺がやる」と言って本部長となったことで、その後の事故収拾の協力体制が出来上がったのです。勝俣会長は、それまではどうしていいか分からずにオロオロしていたところへ、菅前総理が全面的に責任を引き受けてくれたので、あとは東電は手足となって働けばよいということで腹が決まった、ホッとしたということだったろうと思われます。

菅前総理の発言は調査報告書として英語で世界に出るそうですから、菅前総理をおとしめようとする黒川委員長の意図に反して、世界は菅前総理を評価するでしょう。しかし選挙区では危ないことになりそうです。脱核発電の旗頭である菅前総理を選挙で落とすことが、事故調の報告書のウラの部分の一部(全部ではないでしょうが)であるようです。

すべての記録を明らかにせよ

菅前総理は「記録の全面公開」を求めています。やましいところはないということです。
そして東電は近々、「菅総理、東電を叱責の巻」という映像を公開するようです。


http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120710/dst12071022210017-n1.htm


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