総理の器量   細野氏の証言

2012.09.13


細野豪志原発担当大臣が、事故対応について「証言」という本を著しました。

細野氏の依頼によって、鳥越俊太郎氏が細野氏にインタビューした本です。記憶が薄れかけている今、後世のために証言しておかなければならない、という細野氏の強い意思の発露です。







国家の危機に際して政府が具体的にどういう行動をとったか、官邸の当事者の発言です。

ここでは論評をせずに、菅総理が東電の撤退をおさえ、官邸と東電が一体となって事故収拾に当たる体制を整えた決断について、細野氏の証言を紹介しましょう。



海江田大臣は、東京電力が現場から撤退すると受け止めていて、われわれ官邸も、そう受け止めました。そういうニュアンスを、当時官邸に来ていた東電の役員やメンバーも否定しなかったので、私はいまになっても、官邸の認識自体は、誤解ではないんじゃないかと思っています。

そういう混乱の中で菅総理以外のメンバーは一瞬ためらったんです。菅さんが唯一の例外なんですけど、当時は全員撤退と取っていたわけですから、撤退するな、残れと言ったら、現場は持つだろうか、と。さらに言うと、残る人たちは命の危険にさらされるかもしれない、急性被曝で亡くなる人が出るかもしれない。リアルに恐怖を感じて逡巡しました。

でも菅さんだけは違った。菅さんというのは、ものすごくミクロな思考しかしない人だとか、個人しか見ていない、国家を見ていないと批判されることがあるんだけど、私は違うんじゃないかと思っています。冷酷と言われるのかもしれないけど、あの場面で、菅総理だけは、まったく迷わなかったんです。「東京電力の撤退はありえない」と。つまり、客観的な情勢だけを見れば、個人を犠牲にしてでも国家を守らなければならないという判断を、総理は瞬時に下したわけです。

まず海江田大臣が総理に、東京電力が事故現場から撤退したいと言っていますと報告し、それに対して即座に「そんなことはありえない」と。それから言ったのは「撤退したらどうなるかわかっているのか」という言葉でした。「撤退はありえない」と。総理は「どうなるかわかっているのか。わかっているのか。わかっているのか」と言いましたね。全員に聞いたわけじゃありませんでしたが、一人ずつ、問い質すように顔を見て。菅さんというのは、同じことを3回繰り返して言うんです。

それは私にとっては、本当に目が覚める瞬間でした。自分の中で逡巡していたものが、完全になくなった。菅総理はそれから、「東電の社長を呼べ」と。その後、東電に行って、東電に対策統合本部を作ると明言しました。あのときの判断は早かった。第一に、撤退はありえない。第二に、東電の清水社長を官邸に呼ぶ。第三に、その東京電力に乗り込んで、対策統合本部を作る。この三つの決断を、ほぼ瞬時にしています。菅総理は、この事故は東京電力とか、現場で働いている作業員とか、われわれ政府の関係者とか、そういうレベルの問題ではないという認識だったんです。国家としての一大事なんだと。だからわれわれがやるしかないんだと、冷静に判断していました。

(清水社長に)「撤退という話が出ているが、本当にそんなことを考えているのか」というような話をしたんだと思います。あいさつぐらいは多少したかもしれませんが、「ご苦労様」とか、そういう雰囲気ではまったくありませんでしたから。会談自体は短い時間でした。撤退するという話が伝わってきているけれども、そういうことを東京電力は考えているのかと総理が訊ねた。それに対して清水社長は「いやいや」という話をされかけ、撤退というのがどういう意味・意図だったのかについて少し説明を始めたんですが、その説明が、言葉を濁すような、微妙なニュアンスだったんですよね。

菅総理は「撤退はありえない」と。われわれに言ったのと同じような話を。そのときは、それほど声を荒げるという状況ではなかったですね。菅総理というのは、ご存知のように声の小さい人ではないし、基本的に物言いはストレートです。あまり回りくどい言い方をしない。むろん、こういう情勢ですから、語気は強かったとは思いますけど、清水社長に対してだけ、怒り心頭でというわけではなかったですね。どちらかと言えば、われわれを問い詰めたときがピークでしたね。そこで総理も、撤退は認めないという最終判断を下したんじゃないかと。

政府も東京電力も、あのときが、いちばん動揺したことは間違いないでしょう。そこで菅総理は、まったく迷いなく「残るしかない」と。それしかないんだと言い切った。私は菅総理の英断だったと考えています。

(東電本店で)馬鹿でかい声で演説をしたんです。そのときの菅総理の演説の内容は、ま、われわれに言ったのと同じ話ですね、「撤退はありえない」と。とにかく「東京電力は当事者である」ということを強く言っていましたね。ですから「逃げることは許されない」と。それと「撤退するようなことがあったら、この国が危ない」という話を菅総理はしました。官邸で撤退の議論をして、総理が判断を下したときに、私は腹を決めましたので、もう迷いはなかったし、このメンバー、いまいるメンバーで乗り切るしかないと覚悟を決めました。もうやるしかないと。決心を固めていたんです。

当時の東京電力本店には、官邸と比較すると緩んだ雰囲気があった。そのとき、初めて、彼らの中で「国家の危機」であるという認識が生じたと思います。そして、もはや、自分たちも逃げられないと、彼らも腹を決めた。

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