ニセ科学批判者たちの無法 08.30の「ニセ科学批判者たちの誤り」で、ディレカのHPの記述には、マイナスイオンとかプラスイオンとか書いてないと指摘した。そのときのディレカのHPの記述は次のようになっていた。
2006.09.03
現行の記述
ディレカのパイプの中を水が通ると、静電気が起きます。この静電気のプラス電荷をパイプの外に逃がし、マイナス電荷の水だけがパイプの中を通過します。
現在の記述もこうなっている。
しかしその後、8月下旬にずっと休止していた天羽優子氏の「水商売ウォッチング」が9月1日に復旧してきたので、天羽氏のディレカ批判を参照してみたところ、天羽氏が3月26日に引用しているディレカのHPの記述は次のようになっていた。
(旧文)
ディレカのパイプの中を水が通ると、静電気が起きます。この静電気のプラスイオンをパイプの外に逃がし、マイナスイオンの水だけがパイプの中を通過します。
表現が変わっている。旧文の「プラスイオン」という表現が、現在は「プラス電荷」となっており、「マイナスイオン」は「マイナス電荷」となっている。
こなみ氏のディレカ批判は8月20日だから、もしこなみ氏がそのときディレカのHPを確認してあの批判記事を書いたのなら、こなみ氏が確認した8月20日から、私がチェックした8月30日の間に、ディレカはHPの記述を旧文から現文へ修正したことになる。
では、こなみ氏が読んだのが旧文だったなら、こなみ氏の批判は正当だったのか?
そうは言えない。やはり、こなみ氏の批判は不当である。
ディレカは、はっきりと「静電気」と書いているから、ディレカが言いたかったことは静電気にまつわる現象である。それは化学屋が日常的に語る「イオン」とは別のものであることは明らかである。つまり、ディレカの担当者は科学知識や言葉の正確さに対する感覚が乏しいために、電荷もイオンも同じことだろうと考えて、軽率にイオンという言葉を使ったにすぎない。
つまり、「言い間違い」でしかないのである。
(イオンというギリシャ語の意味は「漂うもの」だから、語源的にはイオンでもいいのかも知れないが)
私は、「水は変わる」で、中小企業のカタログなどは、どうせ科学知識の乏しい者が書いているのだから、正確なはずがなく、そんなところで科学者が目くじらを立てなくても、その製品がもたらす結果の部分で記述に虚偽がなければそれでいいではないか、と主張している。この程度の言い間違いに対して、相手を罵倒するのは、いかにも品性に欠ける。
もし、たとえば学生の答案にこの程度のミスがあったとき、こなみ氏はあのように激しく学生を非難し、ののしるのだろうか?
あるいは、こなみ氏はあそこまで誤解したまま突っ走っただろうか?
そういうことは起こらないだろう。こなみ氏は教育者だから、学生が何を言いたいのか、どこで間違っているのかを、十分に理解することができ、愛情をもってその誤りをただすことができるはずだ。
相手の主張の間違いに気づくのが大学教授であり、科学者である。
では、ディレカが相手だと、なぜこなみ氏はあのように取り乱してしまうのか?
それは、こなみ氏に予断があり、相手に対する憎しみがあるからである。
ディレカのビジネスに対する、これが大学教授かと呆れるほど激しく一方的なこなみ氏の批判を見れば、それは明らかだ。
こなみ氏のビジネス界に対する蔑視や反感が何に由来するのかは知らないが、相手をだまして1万円のものを30万円で売り続けられるビジネスなど存在しない。ディレカはこつこつと10年近くもやってきている。こなみ氏の説が正しければ、今や日本中にディレカにだまされた者の恨みが満ちていることになるが、そんなことはない。
ビジネスとは、相手に感謝されてはじめて永続性を持つものであり、日本のほとんどの企業家はそれを目指しているし、それはディレカも同じである。
そんなことはディレカ社長の田村氏と会って話をすれば一目瞭然、私もかつて展示会で二言三言ことばを交わしたことがあるが、田村氏が長期間にわたって消費者をだまし続けた極悪人などということは、あり得ない。
そしてそういう企業家たちのまじめな努力が社会に余剰を産み、子女を京都女子大学に通わせようかという資力となり、やがてはこなみ氏の給与ともなるのである。
もし、こなみ氏にこういう理解があれば、ディレカの「言い間違い」は容易に見つけられたはずだし、ディレカの社長にその間違いを指摘してやれば、感謝されて、文章は修正され、それで一件落着となるはずだった事柄である。
仮に相手がその指摘を無視して、修正しなければ、そのとき初めて、その経緯も含めて公表するなどのやり方をすればよい。
もしこなみ氏がそうしていれば、それは大学教授として立派な行動だと言ってよいだろう。
なぜいきなり名指しで公衆の面前で面罵するのか
しかし、こなみ氏がとった行動は、相手を名指しで、いきなり、問答無用で、公衆の面前で面罵するというものであった。インターネットで名指しで批判するとは、そういうことである。それは議論でも論争でもない。一方的な罵倒である。
私は、これを無法なやり方だと思う。
このことを私は、「水は変わる」で天羽優子氏の「水商売ウォッチング」に対する批判としても、繰り返し述べている。
私は、そのようなやり方を「先制攻撃」と評したが、天羽優子氏は、HPやカタログで間違った情報を流すことが市民に対する先制攻撃であり、私はそれに反撃しているだけだと主張している。
つまりこういうことだ。
ディレカのHPに書いてあったマイナスイオンとプラスイオンという表現は、市民に対する先制攻撃であり、ゆえにディレカは公衆の面前で罵倒されてもしかたがない、我々ニセ科学批判者はそう裁定した、ということである。
しかも、そのような批判を受けて、ディレカは、マイナスイオン、プラスイオンという表現を、マイナス電荷、プラス電荷、と正しく修正したわけだが、そのあとでもニセ科学批判者たちの居丈高な批判は、そのままインターネット上に残り、検索エンジンで拾われ続けるのである。
修正したって許されないのである。
しかもそれは、大阪大学、お茶の水女子大学、京都女子大学、という大学の公式サーバーから発信される情報として、一般に流布され続けているのである。
ニセ科学批判者たちは、自分たちのこのような行動を、正義の行動と考えている。
私はこれを、無法な私的制裁、すなわちリンチと断ずる。
少なくとも大学教授のすることではない。
9月6日 追記
前項の記事「ニセ科学者たちの誤り」を読み返してみたら、こなみ氏は、「マイナス電荷」「プラス電荷」という、修正後の表現を引用していた。
京都女子大のサーバーにあるこなみ氏のホームページより
ディレカのパイプの中を水が通ると、静電気が起きます。この静電気のプラス電荷をパイプの外に逃がし、マイナス電荷の水だけがパイプの中を通過します。(ディレカのHP)ナンセンスです。どうしてこの商品の説明はどこを見ても徹頭徹尾ウソとデタラメに満ちているのだろうか。
ディレカは、早い時期に文章を直していたようだ。
結局、こなみ氏は、ただ間違っているだけということである。