中国との互恵関係とは何か

2013.02.08


中国の大気汚染が深刻で、神戸にもPM2.5(Particulate matter 直径2.5 μm以下の微粒子)が飛来しています。








1960年代、70年代の日本の公害も深刻でした。

当時私は東京に住んで、都心の高校に通っていましたが、煤煙で波長の短い光線が通らず、波長の長い赤い光だけが強調されて、冬になるといつも夕日が異常に真っ赤に見えました。
海は汚れ、赤潮が発生し、魚の背骨は曲がり、大量死で岸に打ち上げられました。

四日市や川崎でぜんそくが多発し、住民訴訟が起きました。
水俣では悲惨な水銀中毒が起き、これも深刻な訴訟になりました。

住民から訴訟が起きたということは、政府や産業界は、自分のせいじゃないと言ってシラを切っていたということです。当時、経済企画庁の官僚だった人が、10年ほど前にNHKの水俣病の特集番組で、

「チッソの水俣工場が原因であることは分かっていたが、工場を止めるわけにはいかなかった。その工場が、化学繊維の素材を日本中の繊維産業に一手に供給していたからだ」

と証言していました。


資本主義国の政府とか産業界というものは、もともとそういうものです。国民がチェックして、野放図な金もうけ主義や野放図な産業化に歯止めをかけないと、いくらでも暴走する性質を内蔵しています。もっと儲けたいという欲望だけでなく、突っ走らないと競争に負けて会社がつぶれる、という恐怖に駆り立てられていますから、歯止めがかかりません。

だから、修正資本主義であり、社会民主主義なのです。

70年代の日本では、野党が頑張っていて、曲がりなりにも修正資本主義が機能していましたから、官民を挙げて公害をなくすことができました。全共闘運動は何も生まなかったように言われますが、全国の多くの学生があの洗礼を受けて社会に入ったことで、日本は進路を修正できたのです。

なぜあの頃は野党が頑張っていたのか。

それはソビエト連邦が健在だったからです。アメリカに対抗して社会主義陣営が存在し、それが強欲資本主義に対する歯止めとなっていたのです。

1986年のチェルノブイリの原発爆発事故で、なぜそれが起きたかを追跡したゴルバチョフは、ソビエト型の硬直した共産主義に深く絶望したと思われます。その後の彼の動きは、ソビエトを消滅させる方向にどんどん進み、やがてソビエトとヨーロッパの社会主義国は消滅しました。

そしてアメリカの独り勝ちになり、湾岸戦争、911自作テロ、アフガン戦争、イラク戦争と、アメリカのやりたい放題の時代になりました。

しかしアメリカ的な強欲資本主義では人々は幸せになれません。小泉竹中時代に、新自由主義だといって多くの規制を廃止しましたが、その結果が派遣であり、深夜バスの衝突であり、自殺の多発です。福島の原発事故も小泉内閣が安全基準をゆるめたことが遠因です。

現在の中国は、硬直した共産主義支配と、強欲資本主義が並立するという、奇妙な国家になっています。人民の力が抑え込まれていて修正がききませんから、このままではなかなか公害はなくなりません。

隣国日本として、親身なアドバイスで中国政府を動かし、技術援助によって大気汚染を解決すべきです。戦争をしている場合ではありません。






この図を見れば明らかですが、情けは人のためならず(他人に情けをかけるのは、自分のためでもある)ということです。

私は「日本新生 さらば核発電」で、日本が核発電から撤退すべき理由の一つとして、下の図を提示しました




PM粒子は短期間で消えますが、放射能汚染は何十年も残ります。
中国で核発電が100機も稼働するような事態は、避けなければなりません。

公害のない、放射能汚染のないアジアを、日本と中国で協力して築いてゆくのが、真の互恵関係というものです。

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