天然ガスによるガスタービン発電

2011.06.20


仮に将来原子力の時代が来るとしても、石油から一足飛びに原子力になるのではなく、その前に天然ガスによるガスタービン発電の時代が来るべきだと、ニューヨーク工科大学教授の馬野周二博士(うまの・しゅうじ)は予測し、それを1980年刊行の「石油危機の幻影」で発表しました。

今から30年前のことで、折しも日本で原子力発電所がさかんに建設され始めた頃です。






馬野博士は当時の日本の状況を見て、政府がゴリ押ししても反対運動が強く、原発の建設はそれほど容易ではないだろうと考えていたようです。(写真は馬野周二博士)

しかし自民党と官僚と電力会社による、住民への圧迫と陰湿な懐柔策によって住民は分断され、やがて原発は全国で54基も建設されました。 


当時、評論家の草柳大蔵氏が、馬野博士を紹介した文章があります。


すでに声価が定まったことだから書いてもよいと思うが、私の独自の取材によると、日本人にはじめてエネルギー危機の本質をつたえた、堺屋太一氏の「油断」は、じつは通産省の課長だった馬野さんが最初の仕掛け人なのである。
「もし石油がとまったらどうなるか」の仮説のもとに省内の若手の俊英が集められたわけだが、その後も馬野さんは絶えず壮大な仮説を立てては、その内容を一分のすきもなく埋めてこられた。私は馬野さんを仮説工学の親玉として眺めてきたが、ニューヨーク工科大学の教授になってからは、エネルギー工学から世界歴史を書き直しはじめた。その成果である「石油危機の幻影」ほか2冊はまさに一読三嘆の著作で、ついに私は馬野さんを歴史工学の開祖と呼ぶに至った。  草柳大蔵


馬野博士はこの本の中で縦横に理論を展開していますが、その中で、熱機関のエネルギー効率が時代とともにどのように変遷してきたかを、見事に示すグラフがありますのでご紹介しましょう。


上図はそれを書き写したものです。

タテ軸は熱機関の効率で、利用されたエネルギーを利用されずに捨てられたエネルギーで割った値を対数目盛りでプロットしています。

たとえば熱効率50%の熱機関ですと、利用されたエネルギーが50で捨てられたエネルギーが50ですから、割り算の結果は 50÷50=1 となります。新鋭火力発電がそのくらいです。

ヨコ軸は西暦年で、リニアー目盛りです。

このように片対数のグラフを作ると、蒸気機関が発明され、改良され、ピストンがタービンになり、やがて現在の新鋭火力発電に至るまで、熱効率は一貫して上昇してきていて、それが歴史の流れの中で直線になっている・・・・ことが示されます。

将来も熱効率はさらに上昇するはずだと考えると、天然ガスによるガスタービンおよび、それを利用した2段階発電(コージェネレーションまたはコンバインドサイクル)こそが、次代の発電方法となります。(ガスタービンとはジェット機のジェットエンジンとほぼ同じものです)
現在の原子力発電(水を使う炉)の熱効率は33%と低く、割り算の結果は0.5くらいで、まったく歴史の流れに乗っていません。

人類が効率を求めてきたことは歴史の事実です。今後も効率を追求するでしょう。
ところが、原子力発電は現在の火力発電より効率が悪く、ガスタービンの効率よりもずっと悪いのですから、人類の大きな歴史の流れから外れている、筋の悪い技術なのです。

その、「外れているんだ」という事実を人々に理解させることはそう簡単ではありませんが、このグラフはそれを目に見える形で鮮やかに示してくれます。ほら、熱効率はこの直線のように改良されてきたんですよ、だから将来もこの延長にあるべきですよ、原子力は落ちこぼれてるでしょ、と目に見える形で説明できるわけです。


これが馬野博士が発明し、提唱し、草柳大蔵氏が名付けた「歴史工学」の考え方です。なぜ、この片対数グラフが直線になるのかは分かりません。特に必然性があるとも思えず、不思議ですが、こうやったら、こうなった、ということです。馬野博士の発明です。


馬野博士は太陽や風力などを希薄で経済性に乏しいとして、たいして評価していませんが、それは30年前の考えで、技術や社会の状況は変わっているでしょう。難しいところはあるでしょうが、自然エネルギーで電力が確保できればそれに越したことはありません。そこへ行くまでのつなぎとして、ガスタービンは有力な発電方法です。資源もシベリアに豊富にあります。実際、原発が止まって、東電も中部電力もガスタービンの補強を急いでいます。関電もそうするでしょう。

原子力については、軽水炉ではダメで、高速増殖炉は馬鹿げていて、高温ガス炉なら可能性はあると馬野博士は言っています。高温ガス炉は原研でいま試運転しているようです。しかし廃棄物の問題や資源の有限性などの問題は高温ガス炉でも解決できません。



馬野博士は歴史の分野では独自の発想が強すぎて、「トンデモ」のように言われることもあるようですが、エネルギーの工学やその歴史的洞察では鋭い考察をしています。「石油危機の幻影」は、あのころ30代前半で勤務先で新エネルギーの開発に関わっていた私も、草柳氏と同じく、一読三嘆しながら読みました。今でも大切に読み返しています。


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