まだらめ委員長の続投を歓迎します

2011.05.25


海水注入を55分中断したいきさつについて、官邸の発表が気に入らないと、まだらめ委員長がゴネたそうです。
そのやりとりの中で、まだらめ委員長は、海水注入の是非を官邸から問われて、「再臨界の可能性はゼロではない」と回答したことを自ら認めました。

このあたりのいきさつをネットゲリラさんが、例によって軽妙な言い回しで、次のように的確に絵解きしてくれています。

http://shadow-city.blogzine.jp/net/2011/05/post_0c74.html#more

海水注入の時は、ソレしかやってないのでおいらもTVで延々と眺めていたんだが、なのでその時、官邸で何があったのか、想像するに難くないですね。
「冷却水がもう足りないんだが」
「海水入れるという方法もあるらしいですよ」
「でも、それをすると廃炉になっちゃいます」
「しかし、それしかないんじゃないか? このままだと爆発する」
「海水入れると再臨界の可能性がゼロではないですよ」
と、まぁ、こんな文脈で官邸では話をしていたわけです。そこには、首相もいたし、東電の人間も二人いたらしい。なので、折を見てそのうちどちらかが、東電の本店に電話をしたのだろう。
「原子力安全委員長の意見では、海水入れると再臨界の可能性がゼロではないとおっしゃってますが」
とか、そんな感じで。それが現場の福一に伝えられる時には再臨界の可能性という言葉が一人歩きして、現場があわてて海水注入を止めるという、まぁ、そんな伝言ゲームです。なんせこの時には、保安院には伝えてあったらしいが、官邸には報告しないまま海水注入していたわけで、そら、焦っただろうw 東大の学者らしい責任逃れ見え見えの発言で現場が振りまわされました、というだけの話なんだが、とかく偉い人というのはこういう無責任な言葉使いをするので要注意です。


その後、まだらめ委員長が自ら解説するには、「可能性がゼロではない」とはゼロという意味なのだそうです。
http://www.asahi.com/politics/update/0524/TKY201105240572.html

班目委員長「逃げたら末代までの名折れ」 続投に意欲

2011年5月24日20時50分

 班目(まだらめ)春樹・原子力安全委員長が24日の衆院復興特別委員会で、続投に強い意欲を示した。福島第一原発1号機への海水注入の際に「『再臨界の可能性はゼロではない』と言ったのは事実上ゼロという意味だ」と釈明。国民新党の亀井静香代表が班目氏更迭を求めたことについて「職務を全うすることが使命だ。ここで逃げたら末代までの名折れ。この問題にとことん付き合いたい」と反論した。



「再臨界の可能性はゼロではない」とは「ゼロだ」という意味だと言うんですから、もう日本語もめちゃくちゃです。

もうちょっと解説すると、まだらめ委員長は、冷却水を海水にすると再臨界の可能性が高まるかどうかなど知らないのです。そんなことは学んだこともないし考えたこともなく、そもそもまだらめ委員長は原子炉の専門家でさえないのです。

中がどうなっているかも分からず、再臨界するかどうかも分からない状況で、冷却水が真水の時と海水の時で再臨界の可能性が変わるかどうかなど、世界中誰にも分かりません。だから、分からないと言えばいいのです。それが科学者です。分かっていることと分かっていないことの境目が分かっているのが科学者です。

で、まぁ、まだらめ委員長は、いきなり知らないことを聞かれて、専門家でないので分かっていることと分かっていないこととの境目が分からず、「ゼロではない」と言って、「うん、学者らしく聞こえるなぁ、これで責任は果たしたぞ」とご満悦だったわけです。

まさか自分のその一言で事態が変わるなどとは思ってもいなかったのでしょう。だから発言自体を覚えていませんでした。

で、自民党総裁が、よせばいいのに、どうでもいいこの問題をネチネチ取り上げて、自分で自分のクビをしめているわけですが、まだらめ委員長としては、自分の過去のデタラメさが露見してしまったので、あわてて、「そんなことは言っていない、塩水にしたら再臨界するなどと言ったことはない、濡れ衣だ、学者生命の終わりだ、名誉毀損だ」、などと騒ぎ出したので、官邸が、「あのね、可能性はゼロではないと言ったでしょ」と言ったら、さすがに思い出して、「再臨界の可能性はゼロではない」とは「ゼロだ」という意味だなどと、恥の上塗りでごまかしにかかっているわけです。



まだらめ委員長のデタラメさについては前に紹介しています。

http://www.minusionwater.com/kannaoto.htm


まだらめ委員長については右派の論客である西尾幹二氏もあきれています
http://www.nishiokanji.jp/blog/

原子力安全委員会委員長に斑目という人物がいる。You Tubeで彼の発言を聞いて、その余りにあけすけな卑劣さに、私は腰を抜かさんばかりに驚き、にわかに信じられなかった。彼は廃棄物の最後の捨て場を引き受けてくれる自治体はあるのかという質問に答えて、「お金ですよ。最後はお金です。ダメといわれたら二倍にすればよい。それでもダメなら、結局はお金ですから、五倍にして、否という人はひとりもいません。」


まだらめ委員長は、ここで逃げたら末代までの恥、と言ったそうですが、彼はすでに末代までの恥をたっぷりかいています。そしてなお現在進行形で恥をさらしています。一挙手一投足がいちいち恥ずかしく、国会で座っているだけでみっともないのですから、こういう人物も珍しいでしょう。
通常の感覚では、安全委員長が安全だとハンコを押したものが日本国始まって以来の大災害を引き起こし、国民に災厄をもたらせば、その時点で本人は切腹、お家は断絶です。原子力安全委員長とはそのくらいの覚悟で就任すべき地位です。

まだらめ委員長は、「自分の非力のために迷惑をかけた」と謝罪したそうですが、これもまた、いったいどこまでデタラメな男かと呆れてしまいます。小出さんや広瀬さんは、人生をかけて原発に反対して反対して、それでもなおこの事故が起きてしまった、自分が非力でした、お詫びします、と言っています。非力を恥じるとは、こういうことです。要職にあってハンコを押す権限を持って原発を推進してきた者が、言っていい言葉ではありません。まだらめ委員長が詫びるべきは、自分が不真面目だった、いい加減だった、デタラメだったということです。


国民新党の亀井氏が、まだらめを更迭しろ、と言っていますが、菅総理はどこ吹く風です。忖度するに、菅総理は、世論を脱原発に誘導するために、あえてこの男を人前にさらしているのではないかと思われます。いまや原子力安全委員会など存在自体が無意味な組織ですから、委員長など誰でもいいわけです。まだらめ委員長が何か言うたびに、国民は、あぁ、もう原発はイヤだ、こんな男がやっているんじゃダメだ、菅総理でいいから! とにかく原発を止めて、・・・・というサブリミナルな政略かも知れません。ほかにも、石川某、加納某、勝俣某、など、人前に出れば出るほど世論が脱原発になってゆくという得難い人材が何人かいます。



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