血液型人間学 再論
2010.02.11
血液型によって貧血になりやすさが違うことが分かったそうだ。
B型の因子がヘモグロビンを増やすらしい。
血液型は体を構成する因子の一つだから、その差によってほかに違いが派生してきても不思議ではない。その一つが、貧血になる確率の差という今回の発見である。
人の性格はさまざまな要素で構成されてくるから、血液型だけで何でも決まるという考えは間違いである。しかし、血液型など何の関係もない、というのも同じく間違いである。
人の気質とか考え方とか性格などのメンタリティは、フィジカルに支えられて存在しているのだから、フィジカルな差がメンタル面に差をもたらすことは、ないと言う方がおかしい。血液型は人の気質とか性格を決める要因のひとつになっているはずである。たとえば、貧血になりやすい人と、なりにくい人とでは性格や行動パターンが違っていて当然ではないか。
血液型と性格の間にはなんらかの相関がある。あって当然である。そのことを調べるのは立派なサイエンスである。統計的にそれを調べる方法はあるだろう。
たとえば、全国の小学校2年生をクラス単位で合計3千人ほどアンケート調査をする。
小学校2年生とは、仮に自分の血液型を知っていても級友の血液型までは知らず、一方で級友とは親しくなっており、その行動パターンを客観的に評価できるというレベルである。
質問内容は、「あの子の性格はどうか」などを問うのは無意味で、具体的な行動パターンを評価する。忘れ物をするか、机の整頓はできているか、授業中手をあげるか、いつも活発か、困っている友だちを助けるか、などの級友の行動パターンをシンプルに問う。学級の全員が学級の全員を相互に評価し、それを集計し、その結果を別途調査した個々の血液型と比較する。
その結果たとえば、「机の整頓が出来ているか」という質問に対して、A型の子の70%が過半の級友から「できている」という評価を得ているのに対して、B型の子のそれが30%であったなら、A型とB型には行動パターンに有意の差があることになるだろう。それが性格の差ということである。
3年ほど前に書いたものを抜粋して再掲する。
再掲
血液型人間学は立派な科学である
2006.12.21
私は、いまから30年以上も前に能見正比古氏の著書「血液型人間学」をリアルタイムで読んで感心したものである。それ以来、血液型と人の性格とか気質というものの間には相関があると信じているし、納得もしている。
血液型を分けるものは、人体内の「糖質」だそうで、その糖質は血液だけでなく、骨も筋肉も脳も、A型の人はすべてA型の糖質で、B型の人はすべてB型の糖質で統一されているのである。そしてA型の血液とB型の血液をまぜると、互いに凝縮してしまう。人々が体内にそのような構造をもっているとき、それが人々の行動パターンにはまったく影響しない、と考えるのはむしろ不自然である。影響が見いだせるかどうかは分からないが、なんらかの差があってもおかしくないと考える方が自然だろう。
私が、能見氏の本を読んでもっとも感心したのは、歴代首相の血液型を調べた結果である。それはほんとうに衝撃的な事実であった。多くの日本人がこのことに衝撃を受け、能見氏の指摘に納得したのだと思う。
戦後、議院内閣制が確立されて衆議院の多数決で首相が選出されるようになってからの、歴代首相の血液型は以下のようになっている。能見氏の出版時には鈴木善幸首相までしかないが、その後のデータはABOFANのホームページで調べて補完したものである。
名前 血液型 名前 血液型 吉田茂 O 竹下登 A 片山哲 O 宇野宗佑 A 芦田均 不明 海部俊樹 A 鳩山一郎 A 宮沢喜一 AB 石橋湛山 O 細川護煕 O 岸信介 O 羽田孜 O 池田勇人 O 村山富市 O 佐藤栄作 A 橋本龍太郎 AB 田中角栄 B 小渕恵三 A 三木武夫 A 森喜朗 不明 福田赳夫 O 小泉純一郎 A 大平正芳 O 鈴木善幸 O 中曽根康弘 O
日本人の中のO型の分布は30%ほどである。それに対して、中曽根康弘首相までの歴代首相の血液型は、圧倒的にO型である。あの派閥全盛の時代に衆議院で多数派を形成し、自民党内で多数派を形成するのに、O型の血液型はほとんど必須だったのだ、とも言えるほどである。そこに、能見氏の解釈が加わる。O型の人は、自分の生命に対する執着が強く、親分肌で、面倒見がいい・・・・・
なるほど、それは言えてるよなぁ、と当時の日本人は誰でも納得したのである。
一方、竹下登首相以降の歴代首相の血液型は、あまり意味がなさそうである。総理になるための社会的条件や政治的な条件が変わったということだろう。宮沢喜一氏も橋本龍太郎氏も小泉純一郎氏も、派閥の面倒など見ないことで有名だった人々である。
能見氏は、同じ政治家でも、衆議院議員と県知事とでは、血液型分布に明らかな差異があることも、調べて発表している。またほかにも、スポーツ選手の血液型や、タレントの血液型、交通事故を起こした人の血液型、などをていねいに調査している。
特に交通事故の分析は出色で、交差点の事故とか追突とか、事故の類型で分けて血液型分布を調べているし、免許取得後1年以内の事故はA型に多く、2年目になるとO型が逆転してくる、などという調査もある。AB型には居眠り運転や、運転中にほかのことを考えてしまう事故が多いとも指摘している。この交通事故調査は、示唆に富む有意義な調査であり、国家的にさらに大規模に調査すれば、交通事故を防ぐためのめいめいの心構えとして大いに役立つはずだと私は考える。
また、おもしろい調査がある。東大の金属学科の学科内学生分布を調べた結果である。統計的には十分な調査とは言えないだろうが、ひとつの傾向を示していて非常に興味深い。調査はひとりの卒業生が独自に実施して、能見氏に報告したもののようである。
東大金属学科の学科内学生分布(1981年卒業生)
O型 A型 B型 AB 合計 金属工学科 11 6 3 6 26 金属材料科 2 13 12 3 30 合計 13 19 15 9 56
外部からはどちらも同じようなものに見えるだろうが、金属工学科は、金属の知識を身につけて実業界に進んで活躍したいと考える学生が進む学科であり、金属材料科は金属について深く研究したいという学生が進学する学科であるから、どちらを選ぶかは学生の資質や性向によるし、選んだ結果は学生たちの運命を大いに左右することである。
血液型が人の性格や気質に影響を与えないとしたら、どの血液型の学生も、両学科に均等に分かれるのが順当だろう。たとえば、O型の学生は6人と7人に別れるのが順当だろうし、B型の学生は7人と8人に分かれるのが順当だろう。
その「期待値」からの上記のようなズレは、有意であると能見氏は分析している。
能見氏の調査研究は、「あなたの性格はどんなものですか」などという手法ではまったくない。むしろ能見氏はそのような調査法を、血液型人間学をおとしめるものとして激しく非難していた。
能見正比古氏の調査法は、ある職業ジャンルにどういう血液型分布があるか、という方法が主たるものであった。そしてその手法によって、血液型によるなんらかの気質的なものの差異が、見事に浮かび上がったのである。そして調査対象は、聞けば誰でも知っているような有名人が多かったから、人々はなるほどと納得したのである。
なお、東大の金属工学のデータの元稿はむろん能見氏だが、能見氏の業績を愛情を持って分析し批評している哲学者の滝紀夫氏のサイトから引用した。
http://taki.cool.ne.jp/ph/bl/index.htm
たいへん参考になる労作である。