閑話休題 ボールの回転についての考察
2006.12.20
閑話休題 ボールの回転について

キクログでひとしきり野球談義が飛び交っていた。
話題のひとつは、ボールはホップするか、ということだった。

そして議論の結論は、ピッチャーが投げたボールは重力によって落下し続けるのであって、バッターの近くで浮き上がるということはなく、そう見えたとしたらそれはバッターの錯覚にすぎないというものであった。
確かに錯覚ということはある。人間の脳は錯覚を起こすように出来ているという説があり、実際にそうであるようだ。たとえば、簡単な例として下の平行線を見てみよう。

平行線を引く
その平行線に、交差する2本の線分を書き入れてから、画像を取り込んだのが右図だ。上と同じ平行線である。
なんだか平行線がふくらんできた感じがする。
さらに交差する線を増やしていくと、元の平行線は、はっきりとふくらんで見える
また平行線を引く
そこに中央で広がる線分を加えると、なんだか、平行線が中央ですぼまって見える
もっと線分を書き加えると、平行線ははっきりと中央ですぼまっているように見える
人間の脳はこのように、目に映ったものをそのまま読み取るのではなく、なんらかの解釈をして、自動的に「補正」をかけるように出来ているようである。

しかし、野球のボールの場合は、そのような錯覚だけとは限らない。投げた物体は重力にしたがって落下し続ける・・・・とは限らないのである。キクログの議論ではそのことが欠けていたので指摘しておこう。

たとえば、フリスビーというものがある。お皿をひっくり返した形をしていて、回転をかけて投げると、飛んでいる途中から浮き上がってくる。つまりホップする。犬が追いかけていって飛びついて、口でキャッチしたりする。
あるいはブーメランというオーストラリア原住民の狩猟道具も不思議なもので、手元から地面に向けて強い回転をかけて投げると、手を離れたあと一瞬にして、地面すれすれから反転して上昇してゆく。そして大きな弧を描いて手元に戻ってくる。私は小学生の頃、友達とボール紙でブーメランを作っては、よく遊んだものである。

重力場で、重力に逆らってこのようなことが起こるのはなぜか。それは空気が存在するからである。真空中ではこのようなことは起こらない。
空気の抵抗あるいは浮力をうまく利用すると、投げた物体に上昇軌道を描かせることができるのだ。そういう特別な形状と、特別な回転があるのである。そして回転がなければ、フリスビーにもブーメランにもこのようなことは起こらない。だから空気の存在とともに、「回転」が重要である。

丸いボールの場合は、回転と空気抵抗の関係は下図のようになっている。

白い矢印の方向に進むボールが赤い矢印のように回転しているとする。これを順回転と呼ぼう。
空気の相対的な流れは緑の矢印のようになるから空気抵抗はボールの上部で大きく、ボールの下部で小さくなる。その結果ボールは青い矢印のように、回転していないボールに比べて大きく落下するようになる。
ボールが赤い矢印のように回転しているとする。これを逆回転と呼ぼう。
空気の相対的な流れは緑の矢印のようになるから空気抵抗はボールの下部で大きく、ボールの上部で小さくなる。その結果ボールは青い矢印のように、回転のない場合に比べて落下の度合いは少なくなる。

野球のボールは重いから、これを投げて途中から上昇させるのはなかなか難しい。

しかし、子供が遊ぶ少し固めで軽いプラスチックのボールがあるが、それを思い切り逆回転をかけて風に向かって投げると、途中から上昇する。あるいはピンポンのボールの場合は、思い切りカットをかけて打つと、逆回転がかかって途中からホップする。

野球のボールはピンポン球のようには行かない。その形状と重さとから考えて、実際に分解写真などで見て浮き上がっているような投球をすることはかなり困難である。しかし、それは原理的に不可能ということではない。ピンポン球でできることは、野球のボールでも原理的には可能だ。

たとえば、下手投げの投手の速球はホームベース近くで浮き上がって来るように見える。それは、下手投げが逆回転をかけやすい投法であることと、ボールが地面すれすれから上に向かってくるからである。だから下手投げの投手が思い切り逆回転をかけたボールを、時速200キロくらいのスピード(松坂が150キロくらい)で投げることができたら、風向きによってはボールは実際にホップするかも知れない。

だから、ボールが浮くなどというのはすべてバッターの錯覚であり、それ以外の可能性はまったくないのだ、とするのは科学的な考え方とは言えない。これまで、誰も実際に野球のボールをホップさせることはできなかった、というのはおそらくそうだろうが、今までなかったから絶対にないのだ、という考え方は誤りである。
しかし、まぁ、このようなイージーな考え方はニセ科学批判者たちの習性だから、仕方ないのかも知れない。たとえば、今まで磁場で水が変わったという査読つきの報告がないから、磁場で水が変わることは絶対になく、それを言うのは詐欺師である、などと平気で言っている。

科学的ではない、ということでもうひとつ指摘しておくと、ニセ科学批判者たちは一様に「一度投げてしまったボールは加速されない」と、したり顔に教訓を垂れているが、これはまったく科学的に大間違いなのである。

なぜならボールは落下運動をしているのであって、落下運動は加速度運動だから、ボールはどんどん加速しているのである。高いビルの上からボールを投げれば、ボールはどんどん加速する。もしピッチャーマウンドが10メートルの高さにあったら、そこから投げおろすボールは打者に向かって刻々と加速してくるだろう。現実のピッチャーマウンドは数十センチの高さだが、それでも実際にマウンドに立ってみると、思いがけず高い。バッターを見下ろす位置である。そこから長身の投手が渾身の球を投げおろしたら、実際に加速することもあると思われる。

また、加速、という言葉を物理用語として考えると、地球の重力場にあって、しかも空気中で運動する物体は、等速度運動はできない。すべてが加速度運動になる。空気抵抗でボールが減速したり曲がったりする状態を、物理学では「ボールが(負の)加速度を持って運動している」と言う。フリスビーがホップしたら、それはフリスビーが上向きの加速度を受けたということなのだ。

さて、話題を変えると、京都女子大学のこなみ氏が、「重い球、軽い球」という話題を提供していた。

その中でこなみ氏が、自分は青白き「秀才だった」と述懐しているのは笑止千万だが、ニセ科学批判者たちの多くが、身体運動能力が欠如しているらしいことは、ウスウス気づいてはいたが、やはりまぁ、そうだったのかという思いである。
西野バレエ団の主宰者で合気道の達人である西野先生は、身体のすべての細胞に「知」があるとして、「身体知」という概念を述べておられるが、ニセ科学批判者にはどうやらその「身体知」が欠乏しているようだ。脳みそだけがかろうじて動いている状態で、自転車に乗れば頭からこけるし、階段からはすべり落ちる。

さて、重い球、軽い球、については、「巨人の星」ですでに謎解きはされていたと記憶しているが、要するにそれは、「球の回転だったのだぁぁぁ!」というようなことだった。
卓球で考えると分かりやすいが(運動はまったくダメ、という連中には、その分かりやすい話が分からないから、どうにもトンチンカンでまだるっこしいのだが)、ドライブ(順回転)をかけたボールを普通に平面的に打ち返すと、ホームランになってボールは相手の台から飛び出してしまう。逆に、カット(逆回転)したボールを普通に打ち返すと、ボールは落ちてネットにかかってしまう。ボールがラケットに当たった瞬間に、そのボールの回転の反作用でそういう方向へ跳ね返ってしまうのだ。だから、相手からのドライブボールはドライブで返し、カットボールにはカットで対抗するのが普通である。その逆もあるが、それが出来るのは上級者だ。

ドライブボールを普通に打ち返すと、思いがけず跳ね上がって相手の台からはみ出てしまう
カットボールを普通に打ち返すと、思いがけず下に落ちてネットにかかってしまう
野球の場合は、来た球をそれまでの経験に従って、バットをこのように振り出して、このように振り抜けばホームランになる(イチローはそのようにホームランを意図的に打っているそうだ)、と思って打ち返し、それがすべてうまく行ったのに、打球は思いがけず外野のフェンスの手前に落下してしまった、あの投手の球を打つといつもそんな感じだ、という時、その投手の投げる球は「重い」のである。逆に、外野フライに打ち取られたと思った打球がスタンドに入る、あの投手の球を打つと時々そんな感じがある、という時、その投手の球は「軽い」のである。

ボールの重さは変わらないし、スピードの問題でもない。それは回転の違いである。卓球の場合は、実際にドライブとカットでは回転方向が逆になっているが、野球の投球の場合は、ふつうの投手の投球に比べて、どちらかと言えばどちらの回転になっているかということで、必ずしも絶対的にどちら向きの回転かということではないだろう。普通の投手の普通の球だと思って打ったときに、思いがけず打球が飛ばないとしたら、その球の回転は普通の投手に比べてドライブの度合いが少ない(カットの度合いが大きい)のである。思いがけず飛んだとしたら、それは普通の投手に比べてドライブの度合いが大きいのである。、野球の投球の場合はそういう相対的なことだろうと思われる。

そして、打球が飛ばないような逆回転の投球を実現するのに必要な動きとは、ボールを手から離す最後の最後まで、手首から指の関節まで制御して、最後に指先で出来るだけの逆回転をかける、ということだろう。
それを実現するために、たとえば投球動作において軸足から踏み出し足への体重の移動のスムーズさが重要なのだとすれば、その投球フォームの全体の流れを一言で表現して、コーチたちが「ボールに体重を乗せろ」と指導するのは、まさに言い得て妙であり、青白き秀才ではない、ふつうの身体知のある少年たちには、それですんなりと理解できることである。すなわち、体重を乗せたボールと、そうでないボールとがあるということで、体重が乗ったボールは「重い」し、体重が乗っていないボールは「軽い」ことになる。

すべてのスポーツで「フォロースルー」というものが重視されている。それは球技だけでなく、柔道や剣道や空手などでもそうだ。スポーツが出来ない青白き秀才は、たとえばゴルフのボールを打ってしまったあとのフォロースルーがどんなフォームであろうが、ボールはもう飛んで行ってしまったのだから関係ない、「初速度だけの問題じゃねぇか、ばかやろう」と屁理屈をこね回すわけだが、現実は、正しいフォロースルーは正しくボールを打つことによってしか生まれないのであって、フォロースルーを意識することで、正しい打ち方ができるのである。投球における体重移動にもそういう面があって、体重を移動している途中で、ボールはもう手を離れてしまっているのだが、踏み出した足に最後までしっかり体重を乗せきることが大切で、それが出来ると「重い球」が投げられる・・・・・のかも知れない。

もうひとつ、これはキクログでは話題になっていなかったが、不思議な投球「ナックルボール」というものがある。これは投げたボールがゆらゆらと揺れながら飛んできて、どっちに動くか経験則では予測できない、そういう投球である。ナックルボールは、それでもピッチャーかと言いたくなるほどの、ゆるくて怠惰で不真面目な投球術であるが、バッターはそれがなかなか打てないのである。

ナックルボールは、ほとんど回転していない。

ライフル銃は銃身にラセンを刻んでいる。弾丸はそのラセンで、弾丸の飛行方向と直角に渦巻きのような回転を与えられる。弾丸はその回転によってまっすぐに飛ぶことができるのである。アメフットのボールを投げるときも同じ理屈だ。遠くにパスを出すとき、ボールにライフルの弾丸と同じような回転をかける。そうすることでボールはまっすぐに飛び、レシーバーに届くのである。

なぜ、回転をかけるとボールや弾丸はまっすぐに飛ぶのか。あるいは逆に、ナックルボールのように、まったく回転がかかっていないボールは、なぜまっすぐに飛ばないのか。

それは空気がゆらいでいるからだろう。ゆらぐ空気をつんざいて、まっすぐに飛行するには、自身が進行方向とは直角の面で回転している必要があるのだ。逆に、回転していない物体は、ゆらぐ空気の中でゆらいでしまうのである。

先般のワールドカップで、日本がブラジルに決められた3点目は、まったく回転のないミドルシュートだった。名手川口が一歩も動けなかった。そのボールは川口がまったく予測できない弾道を20メートルほど飛行してきて、問答無用でゴールに突き刺さった。一流の選手は、意識的に回転をかけないボールを蹴ることが出来るのである。サッカーのピッチ上には、人の気づかぬ空気の密度の変化や空気の流れがあるのではないか。あるいは単に風がふっと吹いただけでも、ボールの軌道は思いがけないものになるのだろう。

サッカーボールは、その大きさや重さから考えて、一流選手が回転をかけて蹴れば、曲がるのはもちろんだが、重力に逆らってホップすることもあり得るし、実際にそういうシュートを見ることもある。

ボールはホップしない、というのは間違いである。
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