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2−7 健康によい水は存在する
吉岡/天羽 往復メール 2003年11月〜12月
吉岡
この水を飲み、この水で入浴していると、特に努力することなしに、1年ごとに1才若返ります。しわやしみも消えていきます。そういう女性がたくさんいます。(男性もですが)
天羽
じゃあ,この水で粉ミルクを作って赤ちゃんに飲ませたり,母親と一緒にこの水のお風呂に入浴させたりするのは絶対にやっちゃいけないことだな。赤ちゃんが1年に1才若返ったりしたら,ちっとも成長しない。
吉岡
栄養補給と老廃物の排泄がうまくいけば、いつまでも若く長生きする、と考えるのがふつうでしょう。皮膚に起こることは脳細胞にも起こるようです。
天羽
「起こる」って何が?
吉岡
脳のシミも消えます。(^^
「マイナスイオン水」の使用例で、目に見える例をひとつ紹介すると、次の写真は私たちの仲間の60代の女性である。左の写真が2003年のもので、右の写真が2005年のものだ。
→ 2003年 2005年 マイナスイオン水を飲んで浴びて暮らす2年間で、彼女の右頬にあった10円玉ほどの大きさのシミが、ほとんどなくなってしまった。シミとは肌の老化現象のひとつだから、2年前にあったシミがなくなったということは、この女性は2年間で肌が若返ったと言える。
それが水のせいで起きたかどうかを、体内で追跡し分析しようとしてもほとんど不可能だろうが、多くの人々の間で統計的に有意な差を見いだすことは可能だ。私たちの仲間でシミが消えた人はたくさんいるし、シワが減った人はもっとたくさんいる。これからもたくさん現れるだろう。
これは肌に起こった変化だから目に見えるが、実は、同じようなことがいろいろな臓器で起こっている。「脳のシミも消えます」というのもジョークではない。呆け気味の人の意識がはっきりしてきたり、脳梗塞からのリハビリが早くなって、言葉が戻ったり歌を歌えるようになったり、運動機能が回復して自転車に乗れるようになったりする人が多い。
なぜ、そうなるのか、ひとつの考察
「マイナスイオン水」で暮らす人々にこのようなことが次々に起こっている。それは決して偶然ではなく、そこには何か物理的な因果関係があるはずだ。原理的な推論をするならば、この現象は「マイナスイオン水」の界面活性がごくわずかだが高いことと関連があると思われる。
界面活性が高いと毛細管現象が起こりやすくなる。「マイナスイオン水」を飲んだり浴びたりして暮らしているうちに、血液の主成分である水が「マイナスイオン水」に置換されて、血液の界面活性が上がり、血液の毛細管現象が起こりやすくなり、毛細血管の血流が良くなって、隅々の細胞まで血液が届き、栄養素が届けられ、老廃物が持ち去られるようになるのではないか。
さらに、シミは紫外線の作用で皮膚細胞から電子が叩き出されて、皮膚細胞が酸化し老化することで生じるようだが、「マイナスイオン水」とは、それを霧吹きで吹くとマイナスイオンがたくさん検出される水だから、なんらかのメカニズムで、酸化した皮膚細胞を還元させるという電子的なことが起きている可能性もある。
つまり、界面活性という分子運動的なことと、マイナスイオンという電気的なこと、この2つがあいまって、シミが消えるという現象を起こしているのではないか。
たとえば高血圧
また、一般論として、「血の巡り」が悪くなることが多くの疾病の原因になっており、逆に、血の巡りが回復すれば、多くの疾病は回復に向かう。
たとえば高血圧の場合、加齢とともに血管壁が硬くなり、血管内に老廃物やコレステロールが沈着し、血液の粘性が増したりして、血の巡りが悪くなる。すると、体の隅々まで血を巡らせるために高い血圧が必要となり、健康な体は自律的に血圧を上げるようになる。これが高血圧である。だから加齢とともに血圧が高くなるのは、その人が健康である証拠だとさえ言える。
したがって、緊急の場合はともかく、日常的にこれを降圧剤で下げることは筋違いであるばかりでなく、危険である。最近、大阪の医師である浜六郎氏が角川書店から出した「高血圧は薬で下げるな!」という本には、降圧剤で、なるほど血圧は下がったが、うつ病や痴呆やガンが増加して、寿命や生活の質は低下したという報告がある。
高血圧を改善する本筋は、前掲の三項目を改善すること、すなわち血管壁をやわらかくし、血管内の汚れを除去し、血液の粘性を下げることである。そして、マイナスイオン水を日常的に飲用し、入浴することで、それが実現したというケースが多数ある。
また、トイレ排水管の尿石がとれたり、温泉の配湯管のスケールがとれたりしたことは、おそらく水分子の電気的な変化と関係しており、マイナスイオン水を飲めば、同様のことが体内で起きても不思議ではない。
実際、「マイナスイオン水」で暮らす人々の間で、脳梗塞や心筋梗塞、高血圧、糖尿病、結石、歯石などの発生数が顕著に減少しており、既にそれらの疾患を持つ人々の回復も促進されている。それらの事実も、上述したような「界面活性」や「毛細管現象」、「マイナスイオン」というシンプルな物理的考察によって説明できるかも知れない。これは推論であり、それが正しいかどうかはまだ分からない。しかしメカニズムは分からなくても現象は起きており、それは統計的に有意な事象である。
独自の共済組合保険を作る
世に薬事法というものがあり、健康によいという調査結果や体験をそのまま前面に出して普及活動をすることは、たとえそれが事実であっても、法に抵触するおそれがある。だから私たちはそのようなストレートなビジネス展開はしていない。
しかし私たちの集団で、世間一般にはないことが起きていて、それが統計的にも有意のものであるという認識を私たちは持っている。一言で言えば、私たちは、マイナスイオン水が健康によい水であることを知っているのである。
その事実をどう生かすかについては、たとえば、私たちの集団が100万人規模になったら、その中で独自に疾病保険や死亡保険の共済組合を作る、といった集団的な方法が考えられる。この集団では疾病の発生が少なく、医療費支出が少ないから、疾病保険などの掛金は世間より安くてもよいはずだ。そういう共済組合が出来た時、「健康によい水が存在する」ことが、社会的に認知されるだろう。
2−8 水の結晶について
江本勝氏は、水の結晶写真の撮影で有名な人である。室温をマイナス20度まで冷やして水を凍らせ、部屋をゆっくりあたためてゆくと、室温がマイナス3度あたりのところで氷が解けはじめる。そのとき、解けた氷の表面に六角形の結晶が表れたり消えたりする。これを写真に撮るのだ。
雪が六角形の結晶をしているのは誰もが知っていることだが、水を凍らせても六角形の結晶ができることは、一部でしか知られていなかった。江本氏は、この撮影技術を確立してから、世界中の水を取り寄せて写真を撮った。その写真が本になってたくさん売られており、欧米でも出版されてかなりの評判をとっている。
世界中の水を調べた結果、江本氏はひとつの結論を出している。それは「良い水ほど良い結晶になる」というものだ。ふつうの水道水などは、何度試みても結晶が表れないそうだ。多くの実測を積み重ねての結論だから重みがある。
私たちの「マイナスイオン水生成器」を通った水も、江本氏の研究所で結晶写真を撮影してもらった。
ふつうの水道水を、「マイナスイオン水生成器」を通しただけの水である。江本氏は常に、ひとつのサンプルについてそれを50個に小分けして50回の写真撮影をし、そのうちの5、6個が良い結晶になると、「これは良い水ですね」という判定になるそうだ。
私たちのマイナスイオン水も50回撮影してもらったが、その結果は、50回の撮影のうち47回(94%)までがきれいな結晶になり、残りの3枚の写真も、端が少し欠けるだけだった。ほぼ100%結晶になったと言ってもよい。
結晶出現確率 94%
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆△☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆△☆☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆△☆
水の結晶について天羽優子氏は次のように言っている。
http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/intro.html
天羽
また、水の結晶写真と水質は無関係である。写真のような6角形の結晶は、水蒸気から結晶成長させるとできる。水蒸気がもとだから、水に溶けている成分が何であるかとは無関係である。結晶の形が飽和水蒸気圧と気温で決まるということは、中谷宇吉郎が実験で確認し、ナカヤダイヤグラムという世界的に有名な図にまとめられている。
「写真のような結晶は、水蒸気から結晶成長させるとできる」と天羽優子氏は言うが、この写真は水蒸気から作った結晶ではなく、水を凍らせて、その表面に現れた結晶だから、全く違う話である。
彼女は違う話を持ち出してごまかしている・・・と言うよりも、彼女自身、何が話題になっているかが分かっていないようだ。彼女は最近でもまだ、「よくある質問」への回答として次のように書いている。
http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/appendix/faq4.html
よくある質問その4
天羽
水の結晶ですが、とくに「ありがとう」なんて書かなくても、きれいな結晶はできます。例えば、雪の結晶。雪の結晶のでき方を、古今東西、科学者は研究してきました。
水の結晶の例として、「例えば雪の結晶」と言う。気体の水蒸気の話ではなくて、液体の水が結晶になる話だといくら言っても通じない。要するに彼女は論点がまったく理解できていないわけだ。
また、「水蒸気の結晶がどういう形になるかは、中谷氏の研究で数十年も前に決着済みだ」と言わんばかりだが、それは「水は不変だ」「水は磁気では変わらない」などと軽々しく断定しているのと同じで、きわめて粗雑な科学観、自然観である。むろん、決着済みなどということはまったくない。
インターネット版補遺
アエラ2005年12月5日号でも、天羽優子氏は次のように断言している。
「どんな結晶ができるかについては既に中谷宇吉郎博士が解明済みで、言葉や音楽とは無関係」
水蒸気の層が出来やすいのではないか
では、マイナスイオン水は結晶になりやすい、という現象をどう考えたらよいだろうか。
繰り返し起きる現象だから、やはりなんらかの物理的根拠があると考えるべきだろう。前述の、水分子の双極性が増しているのではないか、ということと、結晶が出来やすくなるということとの間には、なんらかの関係があるのではないか。
私の考えはこうだ。雪が結晶になるのは、水蒸気がそのまま集まって凍る(昇華)からだ。つまり、空間を自由運動している水分子(水蒸気)が短時間で一挙に集まると、六角形の結晶を成長させるのだ。六角形になるのは水分子の分子構造に由来する。
一方、水は、凍らせてもなかなか結晶にならない。これは雪との対比で考えれば、水の場合は、水分子は自由に動き回っているのではなく、周囲の水分子とくっついて動いている(だから液体なのである)から、一挙に自由に集まってくるわけにはいかず、結晶にならないのではないか。
そうであれば、逆に考えると、マイナスイオン水が結晶になりやすいのは、マイナスイオン水はふつうの水道水に比べて、分子運動の自由度が少し上がっていることが関係していると考えられる。
しかしそうは言っても、同じく液相なのだから、分子運動の自由度が多少増大したくらいでは結晶まではできないだろう。
ここで注目すべき現象がある。伊豆で海水を汲み上げて蒸発法だけで塩を作っている製塩家がいて、そのプラントの海水導入管に私たちのマイナスイオン水生成器が設置された。すると、海水の蒸発が顕著に早くなって作業効率が格段に上がったと、その製塩家は言う。
また他方では、マイナスイオン水生成器を導入した家庭で、冬季の結露現象が起こらなくなった、少なくなったという例もいくつかある。
これらのことから推論すると、マイナスイオン水は分子運動の自由度が上がっており、その結果として、蒸発しやすい性質を持つのではないか。そのとき蒸発潜熱などがどうなっているのかは確認はできていないが、もし蒸発しやすいのであれば、その水を凍らせてから、凍ったり解けたりする融点付近まで温度を上げて保持していると、ふつうの水よりも表面の一部が気化しやすく、気相になりやすいのではないか。
つまり、空気と、解けた氷の表面との間の薄い部分に、右図のように水蒸気が漂う状態が生じやすいのではないか。
そうであれば、そのときその水蒸気は、下から冷やされて昇華して結晶になりやすいのではないだろうか。
そして、もう一歩連想を進めるならば、このとき空気の層に特殊な振動(モーツアルトの曲など)が加えられると、結晶はその影響を受けることがあるのではないだろうか。
物質の波動性について
その江本氏が「波動」という考えを提唱している。
私は、水の結晶までは物理現象として理解しているが、その先の江本氏の主張は物理学では説明できないと考えている。
私の理解をいささか越えることだから、特に反論することはないのだが、天羽優子氏は量子力学を説いて、さかんに江本氏の「波動」を否定しようとしている。本稿の目的からは少し外れるが、彼女の反論が的外れであることを指摘しておこう。
http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/intro.html
「波動」系水商売を斬るー量子力学の正しい理解のために(2004/11/11)
天羽
江本氏が主張している「波動」のもとになっているのは,量子力学の成果である「原子や素粒子が波であるという性質」である。ところが、波であるということは,存在場所が1点に決まらないということを意味している。つまり、存在がある空間範囲に広がっていることになる。原子や素粒子を波であらわすということは、不確定性関係が成り立つことを別の表現で言っているに過ぎない。
量子力学の波には、振動する実体もないし媒体もない。ある粒子の存在確率の分布の様子をあらわしているだけである。この、不確定であるということは、物質が波動性を持つということそのものである。
天羽優子氏は出発点のところで勘違いしている。江本氏は体系的に物理学を学んだ人ではないから、あちこちから物理学の用語を借りてきては、量子力学だ、振動だ、波動だ、と言う。しかしそれをまともに受け取って、目くじら立てて「量子力学とは何か」「波動とは何か」をまくし立てても意味がない。
江本氏たちは「万物は波である」と考えているが、それは、シュレディンガーの波動方程式やハイゼンベルグの不確定性原理などによって量子力学が成立する、それより少し前の時代の、アインシュタインのE=mC2という式や、ド・ブロイの「物質波」からの発想である。
実際、アインシュタインの式の意味は、エネルギー(波)が集中すると、そこに質量を持った物質が生まれ、物質はやがて消滅してエネルギー(波)として周囲に放射される、というものだ。このアイディアから、人類は原子の火を手に入れた。広島と長崎で炸裂した原爆では、ウラニウムなどが核分裂して生じた質量欠損、つまり「物質」が、ガンマ線などの「波」となって空間に放出され、周囲を焼き尽くし人々を殺傷したのである。
「量子力学の波には、振動する実体もないし媒体もない。ある粒子の存在確率の分布の様子をあらわしているだけである」と天羽優子氏は言うが、周囲を焼き、人を殺した「波」は、物理的な実体なのである。「万物は波である」とは、物質は波となり、波は物質となり、万物は流転しているという、物理的実体の変遷を言っている。量子力学の不確定性原理とは違う概念である。
また、天羽優子氏は「原子や素粒子」という表現を何度もしているが、量子力学の成立時にはそういう言い方があったかも知れないが、現代では「原子や素粒子」という表現は大ざっぱに過ぎるのではないか。そもそも不確定性原理とは主に電子についての考察である。陽子や中性子は電子の1800倍の質量を持ち、原子は陽子と中性子と電子の集まりだ。原子は電子に比べてずっと巨大な粒子であって、今では電子顕微鏡で見ることができる。だから、原子も波動性を持つことは持つが、現代では原子の位置の不確定性などほとんど話題にならない。
2−9 浸透圧 再論
さて、天羽優子氏は、「溶質濃度が変わらなければ浸透圧は変わらない」と言う。しかしその理解は、またしても論理的に間違っているのである。
100年前に浸透現象が研究されたとき、溶質濃度を変化させてみたら、浸透現象の強さが変わった。すなわち、「溶質濃度を変えると浸透圧は変わる」ということを人類は知ったのだが、天羽優子氏はこのことから、「溶質濃度が変わらなければ浸透圧は変わらない」と思いこんでしまった。
ここでまた、高校1年の論理学を思い出さなければならない。
彼女の主張は「溶質濃度を変えると浸透圧は変わる」という命題の「裏の命題」であって、それは必ずしも正しくないのである。そもそも、そのような「裏」の研究はなされたことがない。温度圧力一定のもとに、溶質濃度を変えずに浸透圧が変わるかどうか、そんなことはまだ研究されたことがないのである。だからそれは、今の人類の智恵では「わからない」というしかない。
しかし天羽優子氏は、習ったこと、聞きかじったことを、いとも簡単に逆向きにしたり裏返したりする。たとえば、彼女が信ずる天羽教の4つの教義はすべて、彼女が習ったことの逆向きであり裏返しだ。そしてそれを根拠に、彼女は人をうそつき呼ばわりするのである。
さて、浸透圧はこれまで溶質との関係で定義されてきたが、今、「吸収されやすい水」を作る器具を製造し販売している人々は、なんらかの方法によって、溶質濃度が変わらなくても「吸収されやすい水」を作ることに成功している可能性がある。
私は、水を、特殊なセラミックの間を通す形式の活水器を知っている。その活水器はレストランなど業務用にかなり普及しているが、内部のセラミックは球状に堅く焼成されていて、さらにその上からコーティングされており、水の中になにかが溶け出すということはない。
しかしそのセラミックの間を通った水は、米などへの浸透性がよく、そのためにでんぷんのアルファ化が早く進み、お米が短時間でおいしく炊きあがって燃料費が低減され、炊きあがりのごはんの体積も重量も、普通の水道水で炊いたときよりも増加しているので、同じ量のごはんを作るのにお米の量が数%少なくてすむ。レストランや弁当仕出し屋での経費節減効果は顕著である。
私たちの「マイナスイオン水」も、組成はまったく変わっていないのに、吸収されやすくなっている。水道水はたくさん飲めないが、マイナスイオン水は胃にたまらないのでたくさん飲めるという多くの人々の体験がある。
また、しおれかけた小松菜を、片方は水道水にひたし(右)、片方はマイナスイオン水にひたして(左)30分経って取り出したところ、写真のように歴然とした違いが出た。マイナスイオン水の方が吸収がよいようだ。
また、兵庫県丹波のW屋さんという黒豆の会社に「マイナスイオン水生成器」を設置したところ、その日から黒豆を煮る時間が7時間から5時間に短縮された。おそらく、黒豆の表面から水が浸透して、内部が加熱されやすくなったのだろう。そして燃料費節減、労働時間短縮による人件費削減で、大幅な節約になった。また、黒豆の味も良くなって売れ行き好調、新製品の黒豆グラッセも大ヒット、和菓子屋などへの業務用の出荷も倍増して、工場では新たな設備投資が進んでいる。
これらのことをどう考えたらよいのだろうか。天羽優子氏に聞いても、教義によって現象そのものを全否定するだけ、黒豆屋は夢でも見てるんじゃないか、ばかばかしい、と言うだけだ。浸透圧は溶質で決まると習ったから、それ以上のことを考えることもない。
クラスターが小さい時の浸透圧とは・・・
水のクラスターという概念は、必ずしも確立された概念ではなく、水がクラスター構造を持つのかどうかは分からないが、もし、水がクラスター構造を持つならば、水の「吸収されやすさ」を説明するとき、クラスターの大小を言うことは、一応は合理的な仮説だと言える。クラスターの小さな水は通すが、大きな水は通さない、という大きさの穴はあり得るからだ。
小さなクラスターと大きなクラスターの中間の大きさの穴があいている半透膜があったとしよう。(上図)
クラスターの大きな水(ふつうの水道水)とクラスターの小さな水(水道水をその器具で処理した水)とを、その半透膜で隔てれば、クラスターの小さな水が、クラスターの大きな水の方へ移動するだろう。
一方、クラスターの大きな水は移動できない。そういう状態で時間が経過すれば、上図のように天羽優子氏が浸透圧の説明に用いた図と、ほぼ同じ状況が出現するだろう。
クラスターの大きい水の側は水面が上昇し、クラスターの小さな水の側は水面が下がる。水面の高さの差がある値に達したとき、その圧力によって小さなクラスターの水の移動は、両方向で平衡に達する。
その時、その水面の高さの差を何と呼べばよいだろうか。私はそれもまた、浸透圧とよぶべきだろうと考える。つまりそれは、溶質濃度によらない新しい「浸透圧」だ。
しかし天羽優子氏は次のように言う。
水を理解するために http://atom11.phys.ocha.ac.jp/water/text01/index.html
天羽
浸透圧は温度と濃度で決まるということだけしっかり理解しよう。すると、水クラスターについてまったく判断ができなかったとしても、クラスターが小さくなることと浸透圧が変わることの間に何の関係もないという結論がすぐに出る。
彼女は、定義によって、クラスターが小さくなることと浸透圧が変わることの間に何の関係もない、と言う。すべては教科書に書いてある、それでおしまい、それ以上のことは考えない。
しかし最近、細胞膜には水を通すだけの特別なチャンネルがあるということが分かってきた。昨年のノーベル化学賞だ。カリウムとかナトリウムなどの元素も、それが通る個別のチャンネルがあるという。
科学研究が微視的な領域に進み、特に生命現象に関してこのような事実がしだいに明らかになれば、「浸透作用は溶質の濃度だけで決まる」という19世紀に成立した大ざっぱな近似式が、いつまでその価値を保てるか、いささか疑問である。
もしビジネス側が言うように、溶質濃度が変わっていないのに「吸収されやすい水」ができたという現象が事実なら、彼らは浸透圧に関して、なるほど高校の教科書の内容は忘れてしまったが、むしろ先端的な事実を把握している・・・・のではないか。トップページに戻る