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2−4 水は余分な機能は持たない・・・・・とは言えない
下図は2004年3月10日に行われた、第92回ウォーターサイエンスフォーラムでの天羽優子氏の発表スライドである。

http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/intro.html
水は水でしかなく、水に機能があるとしたらそれは水溶液としての働きであり、それは水の中に何がどれだけとけ込んでいるかで決まり、それ以外のことが起こる可能性はゼロだという。この論理の危うさは、これが前項と同じく「不存在」を主張していることだ。水溶液の性質が変わるとしたら、溶媒である水そのものは時空を越えて不変(教義1)なのだから、その変化は溶質の量や質が変わることでしか起こり得ない、という。これも、それ以外は存在しないという「不存在」の主張なのである。
このような不存在の証明は原理的に困難であり、実際、証明されたことはない。
吉岡/天羽 往復メール 2003年11月〜12月
吉岡
何がどれだけ入っているか、化学者は組成に非常に関心を持っているようですが、「水分子の電気的な変化」は組成の変化で起こっているのではなく、どれだけ組成を調べても何も見つからないでしょう。組成に変化はなくても、物性には変化が起きている、ということです。
天羽
この主張が,現状の水に関する理解からすると,逸脱したものなのです。これまでのところ,組成を変えずに水の性質を変えることが可能だという実験的証拠は皆無です。ただし,同じ温度・圧力・体積の場合,という前提がありますが。
「組成を変えずに水の性質を変えることが可能だという実験的証拠は皆無だ」ということが、もし本当だったとしても、そのことから、「組成を変えずに水の性質を変えることは不可能だ」とは言えない。
彼女はいつも、「まだ見つかっていない」ことと「存在しない」こととを混同しているが、現代科学が知っていることは、「溶質の量や種類が変わると、その溶液の性質が変わる」ということでしかない。彼女が高校、大学で習ったのもそのことだ。しかしそのことから、「溶液の性質が変わったとすれば、それは溶質の種類や量が変わっているからだ。ほかの可能性はない」とは言えないのである。
だから、「ほかの可能性もある」という主張が、現代科学から逸脱しているということはない。
実は、彼女の教義は論理の初歩から間違っている。高校1年の数学で習う論理学がある。ある命題には、その逆、その裏、その対偶があり、ある命題が正しい時、その対偶は正しいが、逆や裏は正しいとは限らない、という論理だ。
たとえば、「PならばQである」という命題があったとき、その逆は、「QならばPである」であり、その裏は「PでないならばQでない」、その対偶は「QでないならばPでない」である。
そして、逆や裏は必ずしも正しくはない。
右図は
「数学 I」 福原満州雄著
実数出版社 昭和38年発行
170円 より
その例として習うのが、「Xが2ならばXの自乗は4である」というなつかしい命題だ。その逆は正しいかと先生に問われて、生徒たちは考える。逆は「Xの自乗が4ならばXは2である」である。どうかな、どうかなと教室はにぎやかになるのだが、賢い生徒がいて「それは間違いだ、Xの自乗が4のとき、Xは2と−2の両方がある」と言い、生徒一同なるほどと感心する。同じ理屈で、裏の命題「Xが2でないならXの自乗は4ではない」も成立しない。正しいのは「Xの自乗が4でないならば、Xは2ではない」という対偶だけである。
この論理を当てはめてみると、現代科学の知見は、「溶質の量や種類が変わると、その溶液の性質が変わる」ということでしかない。このことから天羽優子氏は、「溶液の性質が変わるなら、溶質の量や種類が変わっている」(逆)とか、「溶質の量や種類が変わらないなら、その溶液の性質は変わらない」(裏)と思いこんでしまったようだ。それらの命題は正しいとは限らない、と高校1年の論理学は教えている。実際、それらの命題は研究されたことがなく、正しいかどうかまだ人類は知らないのである。
閑話休題。右上図は私が高校1年の時に使った教科書からとったものだが、同じページに練習問題がいくつかあり、その1つに、「人間は動物である」という命題の逆と裏と対偶を言え、という面白い問題がある。天羽優子氏の主張は、さしずめ「動物は人間である」「人間でなければ動物ではない」と言っているようなもの、ということだ。
しかし実は、そのような議論をするまでもなく、彼女の主張が間違っていることは、私たちの「マイナスイオン水生成器」の構造を見れば一目瞭然である。前掲の図で明らかなように、私たちが扱っているマイナスイオン水生成器は、水の流路に関して言えば、簡単に言えばただのパイプで、配管を切ってつなぎ込むこともできるし、配管の外から装着することも原理的には可能だ。だから、その前後で溶質の種類や量が変わるチャンスはまったくない。
ふつう、「水溶液の性質が変わったのかな?」という現象を前にして、誰もがまず考えることは、組成が変わったのではないかということである。そんなことは初歩の初歩、当たり前の話だ。
天羽優子氏は現場を見ずに、見ようともせずに、机上で考えるだけだから、そこから抜け出せない。しかし現場に出て実物を見れば、「水溶液の組成が変わったのではないか」という考えをこそ、真っ先に放棄しなければならないことに、誰でも気づかざるを得ない。
すなわち「組成が変わらないのに、なぜ水が変わるのか」、そこが私たちの考察と推理の出発点なのだ。彼女の主張は周回遅れのランナーのようなものである。
水は水溶液としての組成が問題であり、すべては組成の変化で説明できると彼女は言う。そうではない可能性もあるのではないか、と指摘すると、彼女は「高校の教科書を勉強し直せ」と居丈高に言う。
吉岡/天羽 往復メール 2003年11月〜12月
吉岡
磁力線の中を水が通ると、水はその性質を少し変えます。これまで測定された事実としては、磁力線の中に通す前の水と比較して
1.マイナスイオンが多くカウントされる。
2.ペーハー値が少し上がっている。
3.熱伝導率が少し上がっている。
4.界面活性が少し上がっている。
1と2は、水の分子に生じる電気的な変化であろうと思われます。
3と4は水の分子の運動の活発さ、いわば機械的な変化だろうと思われます。
天羽
高校化学と,電気化学の初歩でいいですから勉強しなおしてください。水の電気的な変化って何ですか?1も2も,水分子の電気的変化ではなく水溶液としての組成の変化を示しているものではないですか。3も4も,組成の変化で説明できるものではないですか。もし,分子の運動が活発になったというのなら,温度上昇として観測されるはずですけど。
吉岡
温度は、原理的に言って上がっているはずです。ただし、それを観測できるかどうかは測定器の精度によります。
水の分子にある電気的な物質とは、まずは軌道電子であろうから、「水の分子に生ずる電気的な変化」とは、「軌道電子の変化」という意味である。
しかし、そんなことは高校化学にも電気化学の初歩の教科書にも書いていない。
彼女は、「そんなことは教科書に書いてない。だからあり得ない」というつもりのようだが、教科書がすべての自然現象を解き明かしているなら、科学者は不要である。
また、「ある水を霧吹きで吹くと、空気中にマイナスイオンがたくさん検出される」という現象が、その水溶液の組成の変化で説明できる、と彼女は言うが、組成が変わればマイナスイオンの数が変わるとは、あり得ることだが、それは、その命題の裏である「組成が変わらなければマイナスイオンの数は変わらない」ということではない。そんな知識も理論も、人類はまだ持っていない。
そもそもマイナスイオンが検出されること自体が、現象は確認できても、なぜそうなるのかよく分かっていないのだ。だから、まじめな科学者であれば、「マイナスイオンがより多く検出されるという現象は組成の変化で説明できる、はい、おしまい」などと横着なことは絶対に言わない。
また、3.4.については、たしかに、熱伝導率が上がっていることも、界面活性が上がっていることも、もし組成の変化があれば、それで説明できる現象ではある。しかし、現実には組成は変化していないのだから、そのような解釈も捨てねばならない。「組成の変化で説明できるのではないですか」という考えこそが、真っ先に切り捨てられるべき考えなのである。
さて、1−3で紹介した「企業側からの悲鳴」に対するフォローとして、天羽優子氏は次のような文章を付け加えている。
http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/intro.html
S管理サービス(2001/11/22)【追加コメント(2001/11/29)】
天羽
既にいくつかの客から、私のコメントを理由に断られているらしい。私のコメントを読んで、「ここで叩かれたから商品を買うのをやめる」というのは早合点であり、私としても意図しない読まれ方である。このページの読者においては、そんな判断をするのは止めていただきたい。
S管理サービスの納入実績からいって、おそらく他にももっと検査結果を持っているはずだ。製品を買うときには、まさにその情報をもとにして購入するかどうかを決定するべきだ。設置後の水質検査の結果が判断材料として最も重要になってくる。水質検査のように確立された評価方法で得られた実際の機能を正しく評価するべきだ。顧客になる側はそのデータを検討して購入を決定すればいいし、もし購入したら、後々水質検査のデータをとるのに協力するといいと思う。
科学的原理がわからないことを理由にして、実際に有用な経験的方法を捨てるべきではないし、それは科学的態度とはいえない。
天羽優子氏がコメントを書いたら、1週間も経たないうちに数件のキャンセルがあって、常務が悲鳴を上げたわけだ。だからフォローしてやろうということだが、このフォローは完全な逆効果で、この通りすれば売り上げはますます減るだろう。
なぜなら、磁気やセラミックの活水器によって水に生じる変化は、「水質検査のように確立された評価方法」では検知できないからだ。
水質検査は成分分析であり、「活水器」で成分は変わらないのである。だから、水質検査をすればするほど「まったく効果がありません」という結果となり、水質検査、水質検査、と強調するほど、売り上げは減る。もしかしたら彼女は、そんなことは百も承知でこの追加コメントを書いているのかも知れない。成分が変わらないのに水が変わる、などという話を彼女は許さないのだ。
活水器で水が変わる原理はまだよく分かっていない。しかしまさに、「科学的原理がわからないことを理由にして、有用な方法を捨てるのは科学的態度とはいえない」のである。
2−5 健康によい水は存在しない・・・・とは言えない
下は「第三文明」という雑誌の2004年10月号に出ていた、天羽優子氏のインタビュー記事である。
インタビュー
「水ビジネス」とのつきあい方
天羽
水には「おいしい水」や「安全な水」はあっても、飲めば健康になるような特別な「体によい水」はありません。
健康によい水など存在しない、と彼女は断言する。しかしこの教義もまた「不存在」の主張であって、原理的に成立し難い主張である。
水は不変であるという「教義1」から出てきた当て推量に過ぎず、健康に良い水がどこかで発見されれば、簡単にひっくり返されてしまう主張だ。そのような危うい主張をすることは、科学者として非論理的であり無責任である。
吉岡/天羽 往復メール 2003年11月〜12月
吉岡
「健康によい特別な水は存在しない」というのも天羽さんの判断であって、事実かどうかは確定していません。
天羽
この判断の根拠を書いておきますね。水が細胞内に取り込まれるときは,水分子単独で通ったり,イオンと水分子何個かの組み合わせで通ったりしてますね。さきほど書かれた水チャンネルも見つかってますけど,そこを通るときの水を考えると分子単位で振る舞ってるんですよ。そうすると,どういう水を飲んだとしても,取り込まれるときは水分子そのものの性質が効いてくるわけです。
分子単位で考えると,どういう水であったかということは無関係ですよね。
じゃあ,水に何か効果があるとしたらそれはどこからくるかというと,水に溶けている物質の効果しかない。だから,ミラクルな効果を示す物質が溶けていれば、その分の効果はあるでしょうけど,それは成分の効果であって水の効果じゃないですから。
「分子単位で考えると,どういう水であったかということは無関係ですよね」と独断するところが彼女の根本的な間違いなのだが、ともかく彼女は「判断の根拠」として、「水分子は全宇宙で不変である、水の性質は水に溶けている成分で決まる、成分の効果はあっても水の効果はない」という天羽教の教義を繰り返すばかりだ。
しかしここで、「判断の根拠」という表現は微妙な言い回しである。
それは「事実」か、単に彼女がそう「判断」しているだけか、私の質問に触発されて天羽優子氏は、自分の主張することが事実として確定しているわけではなく、「自分がそう判断しているだけである」と、少しは気付いたのかも知れない。彼女はたいていの時は、「自分の判断」と「事実」との区別がついていないが、ときどき夢からさめて正確な物言いをするようだ。
水を理解するためにhttp://atom11.phys.ocha.ac.jp/water/text01/index.html
天羽
そもそも、「体にいい」ことを一体どうやって実証したのだろうか。何をもって「体にいい」とするのか、医学的に定義可能なのだろうか。ぜひ知りたいところである。
ぜひ知りたいということだが、こんなことは少し頭を働かせれば分かることだ。このことについてはすでに天羽優子氏に伝授してある。
吉岡/天羽 往復メール 2003年11月〜12月
天羽
私の主張は「・・・特定の**水にミラクルな効果を期待するのは間違いだ。安全な水であればそれで足りる」というものです。
吉岡
統計調査の結果、ある特定の水で暮らす人々の間で疾病の発生率が低くなるという事実が判明すれば、それは、「健康によい水がある」ことを意味します。「特定の水にミラクルな効果は期待できない」と断定できるだけのデータを、人類はまだ持っていません。天羽さんの主張は推測に過ぎません。
天羽
で,ミラクルな効果がある,というデータも無いわけですね。データを持たずに「ミラクルな効果がある」と主張して商品を販売するのは単なる詐欺ということになりますね。
「体によい水」は疫学的な方法、統計で認知できるのである。
しかしそれにしても、彼女の最後の文章はよくわからない。私は、「特定の水にミラクルな効果は期待できない」という彼女の主張に対して、「あなたの主張を裏付けるデータはない」と言っているだけだ。それに対して彼女は、「で、ミラクルな効果があるというデータもないわけですね」「詐欺ですね」と食ってかかってくる。いきなり全然違う話になるので驚いてしまう。彼女と議論することの不毛さが分かろうというものだ。
私はそんなことは言っていないが、問われれば、私たちはミラクルな効果があるという立派なデータを持っている、と応えよう。私たちのマイナスイオン水はお風呂が気持ちいい。これはたくさんの人が実感しているデータであり、十分ミラクルだ。私たちはそれを根拠にビジネスをしている。それのどこが詐欺だと言うのだろう。
ある水が健康によいかどうかを、実験室レベルで調べてもよく分からないだろう。それよりも、社会統計的に立証する方が客観的であり実用的である。そのような調査はまだ成されたことがないのだが、だからと言って、今後ともそのような調査が成されないということではないし、調査の結果、有意な差が認められて、健康によい水の存在が示される可能性もある。
「水飲み健康法」を厚生労働省も推奨しているように、単に水を多めに飲むだけでも健康によいとされているから、そういう調査は厳密に言うと、ある水を飲んだり浴びたりして暮らすグループと、その水とは違うふつうの水(水道水など)を同じような方法で同程度の量、飲んで、浴びている対照集団とを作って、その差を比較しなければならない。しかし現実には、そのような精度での統計的調査は困難であり、将来においても完全な調査は期待できないだろう。その場合、科学的に納得できる厳密な調査がなされないうちは信用しないというのはひとつの人生観だが、それほど厳密ではなくても、ある程度納得できる結果が示されたら、自分や家族の健康のためにその方法を取り入れようと考えるのも、またひとつの人生観である。
私たちのマイナスイオン水生成器は、家の水道管の根元にとりつけ、運転費も保守費もかからず、じっと作動し続けるから、一度取り付けたら外されることはほとんどない。現在の日本には、私たちのマイナスイオン水生成器の水で暮らす30万人ほどの集団と、ふつうの水道水で暮らす1億人以上の人々と、2つの集団が存在している。器具は外されることがないから、マイナスイオン水の集団が元の集団に戻ることはない。さらに、この器具はクチコミで人から人へ伝えられており、使用者の名前も住所もすべて分かっている。こういう条件があるので、私たちのマイナスイオン水で暮らす集団はしっかりと特定でき、その集団内部で精度の良い、意味のある統計をとることが出来る。
私たちはこの30万人の人々、やがては100万人、200万人と増えていく集団の中で、少しずつ統計調査をすすめている。たとえば、「マイナスイオン水で暮らすようになってからクモ膜下出血で倒れた人は何人いるか」などという調査である。その結果、厚生労働省などが調査する疾病の発生率や医療費に比べ、この集団での疾病や医療費が有意に減少していることを、私たちはすでに把握している。
これらの調査結果が、厳密に科学的に正しいかどうかは異論もあるだろうが、それを信用するか、将来とも実施されないであろう行政などによる「正しい科学的調査」を待つかは、その人の人生観だ。
以上の4つの教義が「水商売ウォッチング」を貫く基本的な考え方である。これらが「水商売ウォッチング」というサイトの「台紙」のようなものだ。すべてはこの「台紙」の上に書かれているから、何を言ってもネガティブでしかない。これらの教義はいずれも科学的な根拠はなく、信心というべきものだ。
1−3で彼女は
天羽
私はたまたま水について一般の人より科学的に正確な情報を知りうる立場におり、私がそういう立場にいるのは社会が支えてくれているのだから、知識を世の中に還元するという役割がある。
と、頼まれもしないのに勝手な役割を自分に割り振っているが、彼女の認識が根本から間違っているので、彼女の知識を垂れ流せば流すほど、世の害にしかならない。
それに、大学の教員などが一般社会に知識を還元する方法としては、書物を著して読み手に金を払わせるという方法が普通だが、彼女はそうしない。たぶん「水商売ウォッチング」のようなキワモノを出版しようとする出版社はないだろうし、金を払ってそれを読もうという人も少ないだろう。「水商売ウォッチング」には出版社のチェックもなく、お茶の水女子大学の審査も評価も一切ない。インターネットは天羽優子氏の一存で情報を発信できる、安易なメディアなのである。
彼女は現場報告を一切信用しないし、見に行くこともないし、検証することもない。ただ全てを否定する。「にツッコミを入れるが、は性善説で信じましょう。ビジネスは妨害しません」などという彼女の言葉は欺瞞である。「真っ赤な嘘」で「完全に騙されて」います、というのが彼女の本音であり、彼女はビジネスを妨害したいのである。
水は不変だ、という自分の勝手な思いこみに立脚し、さまざまな知識をひけらかし、水についてのビジネスを「水商売」と蔑称し、それに携わる人々をうそつき呼ばわりし、そのビジネスをつぶしてしまえ、というのが「水商売ウォッチング」の本性である。まことに非科学的であり、科学者としての本分を逸脱している。
2−6 水は変化する
マイナスイオン水の定義
強い磁場を受けると水は変化する。2−3の表にあるように、磁石だけの活水器でも、マイナスイオンの数が有意に増加している。
磁場を通った水を霧吹きで噴霧すると、空気中に、元の水より多くのマイナスイオンが検出されることは、簡単に測定できることであり、広く知られた事実である。私たちはこの現象をとらえて、マイナスイオンが多く出る水を「マイナスイオン水」と定義している。
その水がどのように作られたか、どこで湧いたかなどは問わない。セラミックでも電極でも磁石でも、ルルドでもテラコタでも、とにかくその水を霧吹きで吹いたときにマイナスイオンがたくさん出る水を、マイナスイオン水と呼ぶのである。これが「マイナスイオン水」のもっとも合理的な定義である。
ちなみに、マイナスイオン水とは何かを問われて、「磁石などの影響を受けている」「活性酸素を消す力を持っている」「微量元素のバランスがよい」などと、その特徴を羅列する人がいる。しかしそれでは定義になっていない。また、そういう水をなぜことさら「マイナスイオン水」と名付けねばならないのかも分からない。空気中で定義される「マイナスイオン」との関連で定義し、命名するのでなければ不合理である。
しかし一方で天羽優子氏は、定義不明なままその存在を否定する。それもまた不合理だ。
吉岡/天羽 往復メール 2003年11月〜12月
吉岡
さて、天羽さんは昨年の学会発表の「まとめ」のサイトで、「マイナスイオン水」なるものはそもそも存在しない、単なる迷信であると結論しておられます。
天羽
はて・・・。私は普通の水溶液として考えましょうと主張したつもりです。
吉岡
日本化学会中国支部での講演予稿としてサイトで天羽さんは次のように言っています。
天羽「マイナスイオン水という摩訶不思議な水は、そもそも存在しない。微量成分の定量無しにいわれる「マイナスイオン水」は単なる迷信である」
これもムチャな話で、定義があって初めて、それが存在するかどうかの議論になるのだ。定義が不明なまま、それが存在するかどうかなど議論のしようがないし、定義不明のものの存在を否定しても意味がない。この文章が、「普通の水溶液として考えましょう」という意味だというのもムチャな話で、これでは彼女とは日本語が通じない。
マイナスイオン水生成器
私たちの「マイナスイオン水生成器」は、磁石の外周に反射板という特殊な電気的な工夫があり、その作用によって、従来の「磁石だけのもの」では起きていなかったようなことが起きている。だから、従来の磁石を取り付けただけのものと同列に論じることにはほとんど意味がない。「磁石だけ」の装置で何も起こらなかったから、そんな現象は起こらない、ということにはならない。
私たちの「マイナスイオン水生成器」について、現在まで分かっていることは、下図のように示すことができる。

の部分についてはたくさんの実例報告がある。
の「理屈」の部分は、A「原理」とB「物性」に分かれる。マイナスイオン水の物性の変化のいくつかは、Bのように実測で確認されており、それが持続的な変化であることも確認されている。
水が強い磁場を通ると、なぜ、Bのような物性値の変化が生じるのか、それがAのところなのだが、この原理はまだ分かっていない。しかし、磁場の影響で起きている変化であり、その水を噴霧したときに多量のマイナスイオンが空気中に観測されるという電気的な現象が観測されることから、その変化は電磁気的なものだと推論される。
そして、水の中にあって電磁気的な変化を担うことができる物質と言えば、まずは水分子の軌道電子であろう。
電気的双極性が増すのかも知れない・・・
ということで私の推論は、これはおそらく、水分子の軌道電子の電気的変化だろうということだ。水の中の不純物に生じた変化ではなく、水分子そのものの変化である。
磁場によって水が変わることの説明として、ときどきMHD発電の原理を持ち出す人がいるが、そういうことではなさそうだ。MHD発電は、水の中のイオンが、磁場から受けるローレンツ力で運動方向を変えられて集電され、電流として検知されるというものだが、「マイナスイオン水生成器」で起きていることの本筋は、そういう現象ではないと思われる。流体として運動する水分子の軌道電子に磁場の力が働いて、水分子に何らかの電気的な変化が起きているのではないか。そのエネルギー源は、水道水が持つ位置エネルギー、つまり水道局の配水タンクからの圧力である。
水分子は、もともと双極性を持っている。正電荷を持つ水素原子の部分がプラス極で、酸素の軌道電子は水素がくっつくことで少し寄せられ、水素と反対側に多く分布するようになり、そこをマイナス極にする。このようにして、水分子はプラス極とマイナス極の2極を持ち、電気的双極子となっている。
水が「マイナスイオン水生成器」を通過すると、ひとつの可能性として、水分子の双極性が少し増すのではないかと考えられる。つまり水分子の軌道電子の存在確率が、水素原子の対極側でいっそう高くなるのではないか、ということだ。(下のイメージ図)

お米が豊作、味がダントツの1位に
下の写真は、私たちのマイナスイオン水生成器の大型器を通して田圃に水を入れているところだ。
東北地方のある大型農地で実施されており、実験は4年目を終了したが、過去の結果は4年連続「豊作かつ美味」となっている。
春に広大な農地に大量の水を注ぎ、その農地で秋の実りが10%以上増加したのだ。

広い田圃にマイナスイオン水を入れる
この写真を見てしまえば、長さ1メートル内径75ミリのこのマイナスイオン水生成器から何かが溶け出して、数ヘクタールの田圃いっぱいに広がり、半年後に収穫増をもたらし、それが4年続いた・・・などと考える者はいないだろう。
この「マイナスイオン水生成器」を通って田圃に張られた水の量は数十万トンになる。それに対してこの器具の重さは100kgもないのだ。全部溶けてなくなって田圃にまかれても微々たる量である。しかしこの器具は4年使われて重量は少しも減っていない。
そもそもマイナスイオン水生成器とは原理的にはただのパイプで、その周囲に永久磁石と反射板とを配したものにすぎず、水が他の物質と接触する部分はないから、何かが溶け出すなどということはないのである。
さすがに「溶け出すことはなさそうだ」と思ったのか、天羽優子氏は、何かが磁石にくっついてトラップされるのではないか、と言う。
http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/intro.html
天羽
磁石部分に農業用水を通すことで,磁性不純物はそこでトラップされるだろう。水の組成が変わることで,何か米にいい効果がある,というのは、あってもおかしくない現象である。
あくまでも水溶液の組成の変化にこだわっているが、このような推論も成立しない。パイプの中に「磁性不純物」なる物質が付着、蓄積したことがないからである。
それに、「磁性不純物」なる物が除去されると、どうして稲が良く育つのか、どうしてお米がおいしくなるのかも分からない。ひとつの謎を別の謎に置き換えただけの、筋の悪い推論である。
お米の増産と味の向上は、水が「マイナスイオン水生成器」を通過する1秒ほどの間に、水溶液としての組成ではなく、水分子それ自体が何らかの変化をし、その変化が持続的なものであるために起きている現象だろうと考えるのが自然であり合理的である。
泡盛の古酒が4ヶ月でできた
沖縄のある泡盛(あわもり:強い焼酎)製造メーカーに、マイナスイオン水生成器を設置したところ、従来、4年、5年かかっていた泡盛の古酒と同等の味のものが、4ヶ月でできてしまった。何回やっても同じ結果が出た。他の条件はまったく変えていない。製造に使う水が、マイナスイオン水生成器を通っただけの違いである。
なぜ、古酒が早くできるのだろうか。私の考えはこうだ。
水分子は電気的双極性を持つ。そして水分子は、水の中に入れられた物質に対して、相手のマイナスに帯電している部分にはプラス極を向け、相手がプラスであればマイナス極を向けて、その物質を水の中に包みこんでしまう。この作用があるから、水は他の液体に比べて、いろいろなものを溶かす力が強いと言われている。
他方、酒を熟成するプロセスとは、アルコール分子をうまく水の分子で取り囲むプロセスだそうで、逆から見れば、アルコール分子の集団が細かくなるプロセスとも言える。そしてそれには何年もかかり、うまく取り囲めると酒がまろやかになるのだそうだ。泡盛もスコッチウィスキーも、年月をかけてそのようなプロセスを経て熟成されるのだという。
もしそうならば、マイナスイオン水は、そのわずかに強い双極性の故に、ふつうの水よりもアルコール分子を取り囲むスピードがほんの少し早くなるのではないだろうか。そのわずかな差が、自然現象の常として指数関数的に拡大して、4年かかっていたものが4ヶ月になるような結果をもたらすのではないか。

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